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異世界トラック転生便~オレたちがやりました~ 第2夜【ショートショート】【#187】

「別にいいじゃないですか!先輩はちょっとはねるだけですよね!」
 そう言って息をまいているのは後輩のササキだ。
 俺たちはトラック運転手だ。しかしただのトラックではない。はねた人を異世界に送りこむことができる「異世界トラック」の運転手およびその助手なのだ。
「いや、ちょっととか言ってもな……。知りもしないヤツをはねるのと知っているヤツをはねるのでは勝手が違うだろう」
「だってせっかくこんな機会がふってわいたんですよ。憧れの異世界ですよ。一国一城の主になって酒池肉林のハーレム生活ですよ。どこに躊躇する理由があるんですか。さぁ!はねてください!」
 あまりの勢いに俺はのけぞる。後頭部が窓ガラスにぶつかり、ゴンとにぶい音がした。

 俺たちはタブレットに来る依頼にもとづき、対象者をはねるのが仕事だ。
 しかしまれに対象者が未確定なことがある。条件だけが記してあり、こちらが対象者を選別するのだ。今回がまさにそれだった。
 条件は「トラック運転手」であること。その他、極端な容姿ではなく、20代~30代であることなど。パっと見たところ、その条件は確かにササキに該当しそうだった。
「あ、もしかして……、先輩も行きたいんですか?異世界に。もしそうだって言うなら仕方ないです。二人でじゃんけんでもして公平に決めましょう」
「えっと……まずは落ち着け。そりゃあ俺だって異世界に憧れがないわけじゃない。とはいえ世界自体が違うんだ。異世界だぞ異世界。なにがあるかわからないんだぞ」
 この仕事をするまでは、「異世界もの」の本などを読んだりすることはなかった。しかしこの仕事をしだしてからは暇を見つけて「異世界もの」の本を沢山読むようにしている。なぜなら送りこんだ対象者が出てきている可能性があるからだ。そいつらは依頼を受け、もしくは自らが選定し、トラックではねて異世界に送りこんだ対象者だ。そのゆくすえに興味を持つのは当然のことだろう。

 そんなわけで俺はそれなりに異世界転生者の顛末にくわしい。
 多くの転生者が充実した異世界ライフを送っているというのは確かで、ササキが異世界に憧れる気持ちはわかる。しかしそれがすべてではない。あこがれの異世界に行ったにもかかわらず、デスゲームに巻きこまれたり、モブ扱いしかされず、報われない境遇におちいった対象者だって山ほどいるのだ。
 その上、本の形にはなっていない……つまり本になるという最低限のベンチマークすらかなわず、そのまま打ち捨てられた対象者だっているはずだ。
 そんなことも考えると、一概に異世界に行けばなんでも思い通りになる、というような考えは危険だと思わざる得なかった。

「そういうのはわかってます。重々承知なんですよ。その上で人生で一度くらいは大海原にこぎ出したいっていうか、ワンピース見つけたいっていうか……」
「海がからむヤツはあんまり多くない印象だが……。そもそもトラック運転手の募集だからな。地上がメインだろう。異世界で運送業でもやるつもりなのだろうか」
「その辺は比喩なんでどうでもいいんですよ!とにかく、ちょっとだけはねてもらえればいいんです。そのための手伝いをしてくれればいいんです。向こうで儲かったらじゃんじゃんお返ししますから。お願いします先輩。さあ、――俺のこと、はねるんですか!はねないんですか?」
 ササキの目は血走っていた。どうやら本気のようだ。

 以前はうちの会社以外にもいくつか『異世界便』の業者があった。トラック以外の車種、つまりバスや乗用車で参入してくるヤツらもいた。しかし現在ではいろんな縄張り争いや小競りあいをへて、トラック勢がほぼ独占している状態だ。トラックには異世界との太いパイプがあったというのも大事な部分だろう。
 業者の数が減ったおかげで、転生者のその後の動向はしぼりやすくなった。やったことはないが、事前に目印のようなものを用意しておいてもらえば、非公式ながら転生後に連絡をつけることができるかもしれない。うまくいけばそのおこぼれにあずかれる可能性はあるだろう。
 ――しかし大事なのはそこではない。
「あのな……お前が本気だっていうんならはねてやってもいい。ただその前に、依頼内容をできる範囲で確認してからにしよう。ワタリさんのところに情報が来てればなにかしら教えてくれる可能性がある。はねられるのはそれを聞いてからでも遅くないだろう?」
 俺の提案にササキはひとまず落ち着きを取りもどしたようだ。
「わかりましたよ。じゃあ今すぐ、ワタリさんに連絡とってください」

 ワタリというのは俺たちのタブレットに依頼を送ってくるコーディネーターの女性だ。本人はもはや属性はあまり関係がないと言っているが、肌が白く、金色の長い髪、そして尖った耳といった外見的特徴から察するにいわゆるエルフと呼ばれる種族なのだと思う。
 俺はタブレットを操作し、ワタリさんに電話した。何度か呼び出し音がなったのち、「はーい、なんですかー」とけだるげな声が聞こえてきた。まだ夜の6時くらいだが、もしかしたら寝ていたのかもしれない。
 俺たちの仕事は依頼によっては昼夜関係なく働かなくてはいけない。そのせいもあってか、ワタリさんは時間に関係なく居眠りをしていることがよくあった。
「ワタリさんお疲れ様です。さっき来た案件について聞きたいことがあるんです」
「……ああ、トラックのやつですね。やめておいたほうがいいですよ」
「――え?」
「どうせササキさんがこれなら『俺も異世界にいける~』とか言い出したんじゃないですか? だから、やめておいたほうがいいですよ」
 どうやらこちらの考えることはお見通しのようだ。耐えられなくなったようでササキが身を乗りだしてきた。
「ワタリさん!どういうことなんですか!ちゃんと教えてくださいよ!
!俺にだって異世界に行く権利はありますよね!」
「落ち着いてササキくん。あのね……この案件、もちろん異世界案件なんですけど、半分だけなんです」
 俺も、横で聞いているササキの顔にもクエスチョンマークが浮かんでいた。
「……半分?とは?」
「簡単にいうと朝8時から夕方5時まで現世で働いて、そこから日が暮れたら向こうにいって、明け方近くまで夜通し運び屋をやらされる感じです。もちろん日が明けたらまたこちらの仕事があります。幸いにも向こうではヒーリング系の魔法があるので、多少寝ないくらいは問題ありません。労働にともなう給料は発生しますが、まず借金を背負わされてそれを返していくストーリー展開なので、稼いだ分で豪遊なんてこともできないでしょうし、そもそも遊ぶ時間がないですね。女性をかこって酒池肉林とかはまったく縁がない、いわばブラック中のブラック転生……」
 ササキは最初こそ真面目に聞いていたものの、途中からは目がうつろになり、魂が抜けたように真っ白になっていた。


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