脳の洗濯しませんか?【ショートショート】【#112】
「この商品には重大な副作用があるんですよ」
鬼の首をとったように報告をしてきたのは、開発部の後輩、松井だ。そして彼が両手に抱えている商品は、ライバル会社が半年ほど前に開発し、販売をはじめ、今や流行語にもなっているほど人気の商品『ブレインウォッシュ』だった。
『ブレインウォッシュ』はヘルメットのような形をしており、睡眠時にかぶって使う。キャッチコピーは「脳の洗濯しませんか?」。そして、その効能はまさにそのキャッチコピーの通りで、"脳みそを洗濯できる"という画期的な商品だったのだ。
脳みそを洗濯することによって、頭に残ったイヤな記憶や、こりかまってしまった考え方、こびりついた悩みなどをすべて洗い流してしまうのだ。目が覚めたころには、まるで生まれ変わったようにリフレッシュしている。
販売開始した当初は効果を疑う声もあったが、実際に使ってみれば誰もが『ブレインウォッシュ』のすごさを体感できたため、すぐに話題となり、大ヒット商品になった。――そんな大ヒット商品に、副作用があるなんて。
「副作用だって? ほんとうかい?」
「ええ、検証実験段階ではありますが、おそらく間違いありません」
「なんと……それで、どんな作用なんだい?」
「――ブレインウォッシュはですね、『しわ』ができるんです」
「……しわ?」
「そうです、脳みそに『しわ』ができてしまうんです」
「……えーっとちょっと待ってくれ。脳みそにはもともと『しわ』があるものだろう?」
「ええですから、そうやってもともとある『しわ』以上に、『しわ』が増えるんです。そう、まさに洗濯されてしまったかのように。これが副作用なんです」
いまだに腹に落ちない私は、きょとんとしながら松井に聞き返した。
「その……脳みその『しわ』が増えるというのは悪いことなのかい?」
「もちろんです。顔と同じですよ。『しわ』が増えるということは老化しているということなんです。一時的にリフレッシュ効果を得られるからと言って、ブレインウォッシュを乱用しすぎると、脳はどんどん老化していってしまうんです。物事を考えるときの反応も鈍くなってきますし、変化への対応も難しくなります。悪い時には認知症などの病気を発症する可能性も示唆されているんです」
「へぇ、そうなのかい。それは大問題だね。大人気商品だから影響も大きいだろうしね……。――しかし、それで松井くんとしては、その情報をどうするつもりなんだい? 重大な瑕疵がある、ということでライバル会社を訴えるのかい? それともマスコミにでも発表する感じかね?」
松井はその質問を待っていましたとばかりに、カバンから資料を取り出しはじめた。
「いや、そのどれでもありません。これを見てください。私だってライバル会社に負けたくはありませんけれど、無暗に足を引っぱりあう必要はありませんからね」
出てきたのは商品の企画書だ。一番上には大きく商品名として『脳アイロン』と書かれていた。
「この『脳アイロン』を頭にかざすとですね、脳の『しわ』を伸ばすことができるんですよ! ……つまり、脳の若返りを促進することができる画期的な商品なんです! そのうえ今、巷では大ヒットしている商品は脳の『しわ』を増やし、老化を助長している。それがおおやけになる日も遠くないでしょう。――さあ、これほどの好機があるでしょうか! 『脳アイロン』が開発されれば大ヒット商品になることは間違いありません。ぜひとも開発を認めていただきたい」
「――なるほど。きみの熱意はわかった。その流れでいくと、次に流行るのは『形状記憶脳』とか『脳柔軟剤』とか……あとは『脳洗濯ネット』とかなんだろうな……」
「はい? それは……なんなのですか? 開発中の商品ですか?」
「いや言ってみただけだ。まぁ好きにやってみたまえ。期待してるよ」
「ありがとうございます!」
松井の瞳は、興奮したようすでグルグルと渦を巻いていた。
「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)