あなたと私をつなぐもの【ショートショート】【#11】
「今日は早く帰れると思う。多分9時には。出来れば一緒にご飯食べよう」
今日の書き込みは前向き報告だな……よしよし。久々に腕を振るおうじゃないか。ホワイトボードの書き込みに一人、相槌を打つ。今やこのホワイトボードが私たちの一番のコミュニケーションツールだ。
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結婚して4年、子供は3歳になる。私は結婚を機にそれまでの仕事をやめて今はパート勤め。特に不満もなく順当だったといっていい。
状況が変わったのは、夫の部署が変わったせいだ。部署変更にともなって、とにかく忙しくなった。平日は帰宅するのはほとんど23時を回るし、休日出勤も頻繁にある。「その分残業代が増えるからいいよ」、なんて最初は強がっていたけれど、ここ最近はいつも疲れた顔をしている。
そして何よりも大きな問題は、「夫と顔を合わせることができない」ということだ。
夫の仕事は朝が少し遅いし、夜も少し遅い。それが残業が増えたことによって、「朝も遅いし夜も遅い」生活になってしまったのだ。私は保育園に子供を送りに行く時間には家を出てしまうし、子供と一緒に寝てしまうことが多い。
週末が休みの夫と、シフト制で休みが決まる私なので、休日がかみ合うことはもともと少ないのだ。
一緒に住んでいるのにほとんど顔を合わせないというのは、思った以上にこたえる。
もちろんラインで連絡を取ったりはできるけれど、思わぬ時間にラインを貰ったりすると、見たことすら忘れてしまうこともある。これは何とかしなければいけない、そんな差し迫った思いで買ったのがこの小さなホワイトボードだ。
「今日は早く帰れるよ!」「トイレットペーパーが切れてるから買ってきて!」「納豆の賞味期限が切れそうだから、今日のうちに食べて!」
気がついたことはいつでも書き込んで、必ずお互いにチェックする。見たらきちんと「見ました」というサインをする。ちなみに私のサインはネコのイラスト。夫は単に丸をつけるだけ。
そんなちょっとしたコミュニケーションでも、すれ違うことがなくなったし、きちんと取れていると一定の満足感がある。そしてお互いに歩み寄っていることが認識できる、そんな画期的なツールなのだ。
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そんな習慣も板についてきたころ、ボードにはこう書いてあった。
「今日は早く起きるから起こして!」
なんと珍しいこともあるものだ。と思ったけれど、実は思い当たることがあった。てっきり忘れているものだと思っていたけれど、今日は結婚記念日なのだ。
いや夫のことだから油断ならない。ただ単に何の気なしに他の予定を詰め込んで、早く起こして欲しいといっているだけなのかもしれない。鏡の前でちょっと前髪を直して、ちょっとだけ身支度をして、寝室に彼を起こしに行く。不思議と気分がちょっとだけ気恥ずかしい。
このホワイトボードは、あなたと私を繋いでくれる。私のこれまでの人生で一番「買ってよかったもの」かもしれない。
「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)