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脳みそはブラックボックス【ショートショート】【#139】

 人間の脳みそは1割しか使われていない。
 そんな学説はお前さんだって耳にしたことがあるだろう? じゃ残りの9割はどうなっているか知っているか? ――そうそう、まだわかってねぇんだ。解明されていない。ブラックボックスなんだってそういう話になってるわけだ。――表向きはな。
 お前さんはまだ若いし知らないかもしれない。でもな、実は脳みその残りの9割ってのはもう解明されてるんだよ。ただ人間はその事実を忘れちまったのさ。そんな昔話をちょっとしてやろうか……

 あの日、「重大な発表がある」と言ったのは、どっかの研究機関じゃなくて政府だったのよ。いわく「人類の脳に関する報告」といういことでな。……おかしいだろう? どこかの学会とか大学の研究室とかそういう脳みそに関する専門機関が発表するなら別に変じゃない。でも国の政府が「脳みそに関する発表がある」とくれば、みな何事だ? となるわけだ。
 いろんな憶測も飛び交って、報道機関もざわめきながら集まる。でもこの時はまだその重要性に気づいていなかったから、スルーした報道機関もあったようだな。「脳みその話? うちには関係ないよ」ってなってもそりゃあ仕方がないよな。

 記者会見はその日の10時から。出てきたのは首相だ。この段階で報道陣に驚きが走る。首相自ら発表するような内容なのか、とね。しかし発表が始まって、その内容を聞いたらすぐ納得することになったわけだ。
 肝心なその内容だけどな……、なんと『人間の脳の用途のわかっていなかった9割の部分。そこには寄生生物が住み着いている』という驚くべきものだったのさ。それも我々がこれまで、自ら判断し、自ら体を動かし、自ら行動してきた、と思っていたのは間違いで、人類が生まれてから現在に至るまで、ずっとこの"寄生生物"が我々を操ってきたんだと。――いうなれば、人間は巨大ロボットであり、彼らはコクピットに乗り込んでいる操縦士ってところか。小さな子供からよぼよぼのじいさんに至るまで……人類はすべからくこいつらの操り人形だったってわけさ。

 その上、政府は言いやがった。「この生物とどう付き合うか。それをみんなで考えてほしい」と。国民の意思を尊重するとかなんとか言っていたけどな、――つまりは丸投げしたのよ。俺たちの手に負えないから勝手にしてくれってな。いい加減なもんさ。

 それで、どうなったかって? ……例えば、お前ならどう思う? どう感じる? 頭の中に寄生生物がいて自分は操り人形に過ぎないって言われたらさ。――まあそうだろうな。取り除きたい。気持ち悪いからなんとかしてほしい。お前と同じで、そう思う人が最初は一番多かった。
 じゃあ取り除いたらどうなるのかっていうのが気になるだろ。これもできるだけ早く研究が進められたんだ。結構デリケートな研究だと思うが、政府要人にしてみても我がごとだからな。やかましく反対するやつもいなかったんだろうな。
 結論から言うと、取り除くことはできそうだった。その後、脳内にAIチップを埋め込むことで、これまでと同じように生活することができるだろう、と。しかし結果が一時的なものである可能性は否定できない。未来までは保証しかねる。……というのがその段階の結論さ。

 金持ちなんかは、自分が操られているという事実は受け入れられがたい事実だったんだろうな。そこまでの結論を聞いて、強固に寄生生物除去運動を推し進めようとしていたやつらもいたさ。
 しかしもちろんそういう考えじゃないやつらも居る。――つまり別にこれまで問題なかったんだから、ヘタに不確定なリスクをとるよりも、これからも共生していけばいいじゃないか、という共生派閥だな。
 はっきり言って声を上げていない奴らは、この共生派閥なんだろうから、実態はこの派閥が一番多かったんじゃないかと思うぜ。コストだってかからないし、そもそも好き好んで、ロボトミー手術みたいに頭に穴をあけて、脳みそを取り出したいやつなんているはずがないしな。

 この2つの派閥に別れて世界は真っぷたつさ。小競り合いも起こったし、戦争になった国もある。家族の中で意見が分かれて散りじりになったり、国の中で意見が分かれ、2つに別れちまった国もある。行きつくところは世界大戦さ。どちらも正しいと思っているときにこそ争いってのは起こるもんだからな。
 戦争は長く続いたよ。それにともなって多くの人が死んだ。頭に寄生してるやつをどうするかって戦争なのに、それすら頭に寄生している奴が先導してるんだと思うと、もうよくわかんないよな。そのうち人類もそのむなしさに気がついたのさ。落としどころを見つけて停戦しようってなったわけだ。

 共生派は別に欲しいものはないかもしれない。でも除去派の人間は流石に何もなかったように生きていくことはできない。じゃあどうするかって議論が交わされたわけだ。専門家なんかも沢山呼んで、膨大な時間と人類の技術のすべてをつぎ込んで落としどころを探ったんだ。

 ――そして結論はでた。

 『脳に寄生生物がいる』この事実自体を忘れ去ろう。誰も知らなかった、古き良きあの時代に戻ろう。そうやって人類は一致団結することになったんだ。

 ――なんだって? そんないい加減な結論で良かったのかって? そのうちまた見つかるかもしれないじゃないかって? まあそれはそうなんだがな……あれでも当時はみんな必死だったんだよ。世界中で何十万の人が死んでいたんだからな。必死で、落としどころを見つけ出したのさ。

 そこから間もなく、全人類に対して寄生生物に関する記憶を消す薬が処方され、寄生生物に関する資料や文献などはすべて処分することになった。きれいさっぱりすべてな。そして次の年を迎える最初の日。その日を境に、すべての人類は、きれいさっぱり寄生生物に関することを忘れ去ったのさ……。


 昔話が長くなっちまったな。まぁ――だからな。お前も知っているように今では「脳の9割はブラックボックス」ということになってるだろ? それってのは本当にまだわかってないのか、それとも実はもう"わかってる"のか。――はたして真実はどうなんだろうなぁ? 



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