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100年前からきた男【ショートショート】【#181】

「じゃあアレなのかい? 100年もたったっていうのに、人間は地球にしばりつけられているし、車も空を飛んでいない。目覚ましい発見もなにひとつなくて100年前と大して変わっていないってことかい?」

 そう、わたしは先ほど100年に及ぶ冷凍睡眠から目覚めたところだ。
 100年もたてば当然のように車は空をとんでいるだろうし、街にはロボットや異星人があふれているだろう。なおらない病気はなく、ストレスを感じる要因はすべて排除されて誰もが幸福な生活を送っているはずだ。そんなユートピアにあこがれわたしは眠りについたのだ。

「ええ、細かい部分でいえば様々な改良はあるかと思いますが、正直なところ革新的ななにかが出てきたとか、異星人と交流がはじまったということはありません」

 わたしは途方にくれてしまった。
 100年前の生活に未練があったわけではない。むしろ恋人も家族も財産もなかったし、もうどうにでもなってしまえとなかば絶望していたからこそ100年にもおよぶ冷凍睡眠を選択したのだ。しかし肝心の100年後の世界がちっとも変わらないのでは、なんのために100年も眠っていたのかわからない。
 そんな私の考えを読みとったのか男はいった。

「100年のうちに大きく変わったこともありますよ」
「おお! あるんじゃないか。出し惜しみしないでくれよ。さあ聞かせてくれ。なにが変わったんだい?」
「人口がへりました。全世代で見ても100年前の3分の1になっています。特にあなたのような若者の減少は顕著で、100年前にくらべると20分の1程度になっています」

 わたしはあきれて口をとじられなかった。なんだその情報は。人口が減った? 半分だって? きっと国中にゴーストタウンのようになった街が沢山うまれているんだろう。そのうえ若者がそんなに少なくなってしまったのであれば、新しい文化が芽吹いたりすることも少なく、どこを見ても活気のない、死に体のような国になってしまったということではないか。
 冷凍睡眠した意味はなかったどころか、帰ってきたら廃墟のようになった街のお出迎えなんてひどすぎる。わたしは絶望感につつまれ、頭を抱えてしまった。できることなら100年前に戻ってしまいたいくらいだ。
 ふさぎ込んでしまったわたしをみて、言いづらそうに男は続けた。

「ご存じかとは思いますが、過去にもどることはできません。この時代のルールにのっとって生きていくしかないのです。この時代に多大な不満もあるかと思いますが、住めば都ともいいますから……」
「そんなことわかってる! こちとら凍らされるまえに延々説明されて、何十枚って書類にサインしてるんだ。そこらのヒラ社員よりもずっと詳しいさ」
「……わかりました。では、改めて明日からのあなたの置かれる状況について説明させていただきます」

 そういって男は手元のバインダーの1ページ目を開いた。
 もちろんわたしにはこの時代で生きるための財産もツテももっていない。そのため冷凍睡眠の契約には生活保障がプランに含まれていたはずだが、わたしが選択したのはかなり安いプランだった。最低限の仕事と家だけをあてがわれ、日々飢えなければ御の字というだけの生活が目に見える。
 ああなんのためにわたしはすべてを投げうって100年も眠りについてしまっただろう。ウツウツとした想像ばかりがよぎり、頭のなかは後悔でいっぱいだった。

「えー……住居の用意がまだできておりませんので、最初の2か月ほどは5つ星ホテルのスイートルームにご宿泊いただきます。もちろんお代はいただきません。その後、住居が完成次第そちらに移っていただきます。都庁のすぐ横の一軒家になりまして、予定では10LLLDDKKの3階建てです。デザイン画はこちらを参照ください。召使は10人までとさせていただきますが、コックは専属ですし、ご要望とあれば女性のほうもご用意させていただきます。生活費に関しては週50万までは支給。それ以上は申請していただければという形になりまして――」
「ちょっと、ちょっと待った!」
「なにか気になる点でもございましたか?」
「いや、冗談ならやめてくれないか。今、これから始まる生き地獄を思い浮かべてたところなんだから。そんな冗談、まったく面白くない」
「いえ冗談ではございません。100年前はどうだったか存じあげませんが、現在においては若者は存在しているだけで貴重なのです。むしろこの程度の待遇しか用意できず大変申しわけなく思っております」



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