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夏のにおいとカミナリ屋さん【ショートショート】【#91】

「そこの少年よ。この辺でカミナリが落ちた場所を知らないかい」

 白いTシャツに短パン、それに麦わらぼうし。その見知らぬおじさんは、とても夏らしい恰好をしていた。先日からもう9月に入っているけれど、まだまだ日差しは強く、暑い日がつづいている。この高台の空き地は、僕のお気に入りの場所で、下に広がる街並みがよく見えた。
 普段から「知らない人には気をつけなさい」とお母さんに言われているので、僕は注意ぶかく、おじさんに問いかけた。

「……おじさんは、どなたですか?」

「おじさんはね、カミナリの研究をしているんだ」

 虫とりでもしていそうな恰好の、このおじさんが研究……? それもカミナリの……? どこか怪しさを感じたものの、僕は、このおじさんがどんなことをしているのかが気になってしまった。

「すごい! おじさん、カミナリの研究ってどうやってやるんですか?」

「おお、カミナリの研究はな……まずカミナリがよくおちる場所をしらべて、その場所におちそうな時間を予測する。その上で、そこに出向いてカミナリを集めるんだ」

「カミナリを……集めるって?」

「ほら、これだよ」

 おじさんは肩にかけたカバンから、金属の棒がつきだした水筒のようなものを取りだした。

「『ひらいしん』って知ってるかい? カミナリが変なところに落ちないように、あえて『カミナリさん、ここに落ちてくださいよ』って呼びよせる装置があるんだ。まあ、これはその『ひらいしん』の小さいヤツって感じだな。この棒にカミナリがおちると、この下の部分にカミナリがたまる。それを研究室に持ってかえって、ならべて研究するわけだ」

「そうなんだ。すごいや! でも……おじさんはなんでそんなことしてるの?」

 おじさんはすこし、さみしそうな顔をした。そして、下に広がる家々をながめながらこういった。

「おじさんはね、カミナリにうらみがあるんだよ」

「うらみ……?」

「そう、カミナリに怒ってるんだ。だからいつかやり返してやろう……って、そう思って、カミナリのことを知るために日々、研究してるってわけさ」

「へぇ……」

 良くはわからなかったけれど、さみしそうなおじさんの表情を見ていたら、僕はそれ以上聞くことができなかった。すこし、気まずい空気になってしまったことに引け目を感じたのだろうか。おじさんはこう続けた。

「なあ少年よ。カミナリ、見てみるかい?」

「見れるの!? 見たい見たい!」

「少しだけだよ」

 おじさんはニンマリと笑い、カバンから別の一本を取りだした。そしてパチンパチンと、二か所、とめ具をはずすと、その筒をおおっていたカバーを少しづつ外していった。

 するとどうだろう。カバーが外されるごとに、あたりはまばゆい光に包まれはじめる。日が落ちるまではまだ何時間もあるし、カラっと天気の良い今日はもともと明るい。しかしそんな中でも、筒からあふれ出す光の輝きはすさまじく、目を開いていられないくらいだった。

「薄目で見てごらん」

 おじさんの声にしたがって、僕は薄目でその筒を見つめる。そこには狭い場所に閉じ込められて、何とかして出てやろうと暴れまわる『光』があった。それは筒が割れやしないものかと心配になるほどだった。

「これがカミナリだよ。大丈夫、これに閉じこめてしまえば、もう逃げることはできないからね」

 おじさんは僕の考えなどお見通しと言わんばかりにそういった。そして、ゆっくりとまたカバーをかけなおした。徐々に光がうすれ、筒のすべてがおおわれてしまうと、あたりはさっきよりも一段階、暗くなったように感じた。僕の目にはカミナリが暴れるようすが焼きついてしまったようで、目をつぶると、まぶたの裏にその荒々しい姿がずっと残っていた。

「おじさんは、こういうのを毎日集めて、研究をかさねてるってわけさ」

 おじさんが筒をカバンにしまいながらそう言ったとき、高台を風が通りすぎる。おじさんの帽子が飛び、白いTシャツがはためいた。

 その時、僕は気づいてしまった。
 そのおじさんには、『おへそ』がなかった。



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