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今世紀最高の投資家【ショートショート】【#50】

「動画を見てくれてありがとう。見ると思っていたよ」

 そこには椅子に座るスーツの男が映っていた。そして男の顔は、年老いてはいるものの私自身の顔に良く似ていた。

「便宜上、君のことは『君』と呼ぶことにしよう。私は今は『澤紙 涼』と名乗っている。世の中には『今世紀最高の投資家』と呼ぶ人もいる」

 その名前には聞き覚えがあった。私のような一介の研究者でも名前を聞いたことがある有名投資家だ。新聞やニュースなどでよく取り上げられるが、顔をさらさないことでも有名で、確か昨年亡くなったはずだ。

「そう、私は1年前にはもう亡くなっている。だからこの動画を撮ったのが1年以上前ということになる。ただし私は顔をさらしていなかったし、この動画で私が澤紙であるという証明はできそうもない。ただ、どうしても君には伝えておきたいことがあり、この動画を作った」

 男はいったん話を切り、足を組み替えた。

「さて、君は今から1年後にタイムマシーンを発明する。今やっている研究をベースに、トイレで頭をぶつけた時に思いついた理論が、それを完成に導く。そして……もう隠す必要もあるまい。私は、君だ。君が作ったタイムマシーンで30年前に戻り、未来の情報を手に財産を作り上げ、世の中を横臥してきた『私』だ」

 言ってることの半分も理解できなかった。タイムマシーンを俺が作る? そしてこの年寄りが俺? 今世紀最高の投資家が俺だと?

「もうじき死ぬ私に心残りはない。しかし一つだけ懸念がある。それが……タイムマシーンだ。タイムマシーンの技術が世に広まれば、私の行いが日の目を見て、過去にさかのぼり逮捕される可能性もある。あれが無ければ今の私はないが、同時にそれが存在することが私の人生の唯一にして最大の障害になるということだ」

 男はとても悩んだことを伝えようとするかのように、眉間にシワをよせ、あごを指でなでた。

「私は悩んだすえ、一つの結論を導きだした。そう、タイムマシーンを作らせなければ良いのだと。幸い私は過去にいる。時を見て君……つまり私自身を消してしまえばタイムマシーンは生まれない。そうだろう?」

 男は自分の言っていることに自ら興奮しだしているようだった。

「――そんなことをすれば私が人生を楽しむことも出来ないではないか、と思うかな? だがそれは違う。私はもう十分に楽しんだのだ。そしてこれを伝えているとき、すでに私は死んでいるのだからな……」

 男は楽しそうに笑いながら続けた。

「そういうわけで、君の人生は今日で終わりだ。誠に申し訳ない。この動画を残したのは、私の私に対する最後の誠意に他ならない。いや自己満足と言ってもいいだろう。タイムマシーンの完成を知ることもなく死ぬのでは、無念で死ぬに死に切れないだろうからな。楽しい人生をありがとう『私』」

 動画は終わりを告げる。同時にドアを激しく叩く音が鳴り響いた。
訪ねてきたのはおそらく宅配便などではないのだろう。



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