『カモ』にまつわるエトセトラ【ショートショート】【#100】

「いや……困った困った」

 ハンカチで汗を拭きながら、あわただしく部長が部屋に駆け込んできた。

「部長、どうしました?」

「いやーそれがね、動物愛護団体がクレームを入れてきたんだよ」

「またですか? 今度の標的はどれなんですか?」

 部長は、手に持ったレジュメをこちらに示しながら言った。

「今回はね、カモだよカモ」

「あーカモですか……。カモは確かに狙われるかも……なんちゃって」

「冗談を言ってる場合じゃないよ、まったく。『カモにする』とか『カモがネギをしょってくる』とか、まあ確かに昔からヒドイ扱いだからねカモは。年々、こういう声が大きくなっていて、この言葉は差別だ、虐待だ……って毎日のように言ってくるんだから、本当に困ったもんだよ。僕なんて、ここ数年で10キロは痩せちゃったよ」

「10キロ! すごいですね! コツ教えてください!」

「もう! やめてくれよ、こっちは本気なんだから。今日だって先手先手ってことで、さっきカモの代わりのなるものを探して検討会もしてきたんだよ」

「おおー対策が早い! 上司の鏡です! それで代案はどんなものに?」

「とりあえず、『イス』でどうかというところでね……。みんな座ってるこのイスね。ほら『イス』ってみんな上から座るわけだし、『イスにする』ってゆったときに、マウント取ってるみたいで意味的にも通じるかなって……」

「カモにする……イスにする……う~んそうですか?」

「結構悪くないと思うんだけどね。いや~……でもね、聞いてよ。この検討会やったのはついさっきなんだよ。わずか5人で集まって、時間にして1時間くらい。まあ最初の検討会だし、せめて方向だけでも決まれば……くらいの軽い気持ちで始めたわけさ」

「ほうほう」

「そうしたらこれ! 見てよ!」

「なんですか?」

 部長がカバンから取り出した紙は動物愛護団体からではなかった。

「――全日本家具連盟?」

「そうなんだよ! 検討しただけだよ? 1時間話しただけだよ? それなのに、会議が終わってすぐさまこんなFAXが入ってきてさ……なんでも『古来より人間を助けてきた由緒正しい家具である椅子を、粗野に扱うことは許されません』って! ――いや~イヤな予感したんだよね。『虫が知らせる』っていうか……」

「あ、部長。それこの前、昆虫協会からクレーム入ったヤツですよ」

「あぁ……虫が人に隷属してるみたいに聞こえるからって、8本足の方じゃなくて、お空の『雲が知らせる』になったんだっけね」

「もういいんじゃないですかね、ほどほどで……」

「そうだよねぇ……こんな『生き馬の目を抜く』ような争いなんて耐えられない……」

「――部長」

「うわぁぁあーーーー!! もうやめるっ! 俺、もうこの仕事やめるから!!!」

 泣きながら部長は部屋を出て、そのまま帰ってこなかった。



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