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パンク鮨のおじょう。

「イカした店員さん」のお題で記事を書く事になり
真っ先に思い出した人がいます。私が「パンク鮨」
と呼ぶ「鮨いわじ」の店員さん。この人を置いて、
私の中でイカす店員さんはいないと思ってます。

イギリス帰り、赤坂仕込みの店主

「鮨いわじ」。閉店してかなり経ちますが、
恵比寿にクールな鮨屋がありました。恵比寿駅西口近くにある、静かなエリアの雑居ビル2階。小さい
看板が出ている位の隠れ家的な店でした。
カウンター6席とテーブル2つの小ぢんまりした店。落とした照明にジャズが流れる大人の鮨屋でした。
昔の職場の先輩に連れて行ってもらい、その後は
一人で行くほど大好きな店でした。

店主の「がんちゃん」はイギリスで音楽をやり、
帰国後に赤坂で修行し鮨職人になりました。
50代位の、経験豊富そうなかっこいい男性でした。
がんちゃんが握る鮨の大きさは通常の半分くらい。
お酒は和洋揃えており、鮨とお酒を楽しめる
「寿司バー」と言える店でした。
聞けば赤坂で芸者さん向けの鮨を習得したそうで、
彼女達が一口で食べられる小ぶりな鮨を握るように
なりました。恵比寿で一般客向けにお店を出した際、お酒も楽しむなら鮨は小ぶりな方が良いと考え
芸者さん向けサイズの鮨を握る事にしたそうです。
味は赤坂というツウで大人な街で学んだだけあって、上品でとても美味しかった。この店で知った「わさび巻き」は生わさびだけが具の細巻き鮨で、上等なわさびと鮨めしのバランスが絶妙で本当に
美味しかった。丁寧に仕込み、味と見た目に拘った鮨。ここでお鮨を頂くと花柳界(芸者さん業界)の一員になった気がして良い気分になりました。

パンク鮨


しかし、花柳界の鮨と握るがんちゃんの雰囲気は
全く違い、大きな目にスポーツ刈りで、かなり大声
でロンドンの音楽シーンやサッカー、小説の話、
下ネタまで話していました。がんちゃんには徹底した美学があり自分が「美」と思った事を追求し、自分の価値観に自信があり、全ての話にスジが通っててカッコ良かった。下ネタまでクールで、下品にならない不思議な人でした。
私が店に入って来ると「おぅ、aji!」と威勢よく
声を掛け、どのお客さんにもそうしていました。
自分のスタイルで鮨とお客さんに向き合う、
大衆受けを狙ってない。「鮨いわじはパンクやな」
そう考えるようになり、いつしか私は自分の中で
鮨いわじを「パンク鮨」と呼ぶようになりました。

笑顔のプロ、イカす店員おじょう。

そんながんちゃんですから、たまにお客さんに
かなり厳しい事を言う事があります。鮨の食べ方や
話の内容が気に入らないと「ウチはそんな店
じゃないんだよ!」と遠慮なく怒号を飛ばします。
常連客の相談話には、厳しい指導が入ります。
私も「ダセェなぁ!」とお叱りを受けた事がしばしば。そんな時必ず「がんちゃん、ajiさんにそこまで
言う事ないでしょ!」とヘルプに入るのが唯一の
店員で奥さんの「おじょう」。いつもニコニコして明るく、本当に感じの良い方でした。そして、唯一
がんちゃんを叱れる人でした。

おじょうはデザイナーをしていたようで、がんちゃんとはイギリスのクラブで知り合ったとか。クールな出会いです。おじょうも、がんちゃんとお揃いのスポーツ刈りで超短髪。メイクの強いアイラインがパンクを彷彿させ普通の鮨屋の店員とは全く違う、個性的でイカした店員さんでした。それでも花柳界の鮨に合う、不思議な上品さを持った方でした。

店主と店員

一度おじょうが体調を崩し、がんちゃんが店を
一人で切り盛りした日がありました。アクの
強いがんちゃん一人の店は息がつまる感じで、
がんちゃんも少し遠慮がちでした。おじょうが
いるから、がんちゃんも好きなように出来てるん
だ、素敵な店主と店員、そして夫婦だなぁと
少し元気のないがんちゃんを眺めながら思いました。

おじょうは店全体に気を配り、お客さんが
鮨とお酒、がんちゃんとの会話を楽しめるよう
にしていました。お客さんの気持ちを汲み取るのが上手で、がんちゃんが言い過ぎな時は彼を注意し、
お客さんをフォローしました。でも必ず
「ごめんね、がんちゃんの性格はこうだけど、良かれと思ってなのよ」と満面の笑みで楽しそうにフォロー。それだけでがんちゃんに色々言われても、楽しく受け入れられました。

お店、店主で夫のがんちゃん、お客さんを大切に想う気持ちに溢れた本当にイカす素敵な店員さんでした。

倒れたがんちゃん

常連客の職場の先輩から連絡があり、がんちゃんが倒れたのでお見舞いに行く事になりました。
がんちゃんは趣味で毎日10キロほど走っていたのですが、ある日走っている最中に倒れ意識が戻らなく
なりました。
入院先の病院に行くと、あれだけ元気でアクの
強いがんちゃんが、集中治療室で人工呼吸器を
つけ、目を閉じたまま動かなくなっていました。
側にはおじょうが憔悴し切った様子で立っていて
「がんちゃんajiさんが来たよ、ajiさん話しかけてあげて」と小さな事で言いました。私はがんちゃんに話しかけました。「がんちゃん、おじょうの所
に帰って来て」と。ただそれだけを伝えるしか
ありませんでした。

その後暫くしてがんちゃんは息を引き取りました。
私は行けなかったのですが、葬儀には沢山の人が
集まったそうです。

アクは強いけど、ブレずかっこいい生き方をした
がんちゃん、妻として店員として全てを支えて
来たおじょう。店員という言葉を聞くと必ずおじょうを思い出します。おじょうが今どうしているのか
不明ですが、彼女が「鮨いわじ」以外で店員をする事はないと思います。がんちゃんにとってのおじょうと同じで、おじょうにとって、店主はがんちゃん
ただ一人と思います。

おじょう、今どうしているのかしら。
元気かしら。
店員のお題で書いていたら、
急に会いたくなりました。


※かぷぷさんにご紹介頂きました。
 ありがとうございます!


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