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誰かに何かを薦めること、と1月22日の日記

最近思うんですが、『紹介する』って、すごくむずかしいことなんだよなぁと感じているんです。

※インスタの記事に加筆修正。テーマは「紹介」について、書きます。

誰かに何かを紹介したり、お薦めしたりした後の反応って、わりとわかりやすく分かれるなぁと思うんです。

「紹介する」とか、「お薦め」するとかいう『行為』って、そもそもそれを相談した側がいるわけであって、それに応えるというだけで結構な労力をかけているわけです。

「◯◯へ行くので、ここ行っとけってところあれば教えてください!」

みたいな投稿、よく見ませんか?

オープンに意見を求めるのは全然悪いことではないと思うんですが、ただあれって、その後の行動も求められると思うんです。普通に、人として。

どういうことかというと。

そうやって広く意見を求めて、得た知見を元に何かをして、いい思いをしたとしますよね。まぁ、ネットの住民なら自然とやっていることなのかも知れませんが、僕ならまず「御礼代わりの報告」をします。

これって、現実世界では「当たり前」のことなんじゃないかと。

回答する側、情報提供する側からすれば、もうその教えた時点で、“貸し”を作っている話なんですよね。

こんなこと、大きな声では言えないけれど笑。

(もちろん、考えてる最中はそんなこと考えてないのだけど、冷静になって考えたら…そういうことなんですよね。その人のために動いている分なのだから。答えない人もいっぱいいる中で。)

で、そこからもし、「自分には合わない」とか「必要ない」と思えば、そう言えばいいと思うし、うまく芯をくったり、首尾良くことが運びそうなら「その結果」を教えてあげるといいんです。

そこで初めて、相談主と相談された人が「イーブン」な関係になるんだと思うんです。

わかりやすい言葉にすると「甲斐性」ってやつです。

教え甲斐、助け甲斐、世話し甲斐。。

すごく細かい話ですが、世の中の“信用のパラメータ”って、こういうところで動いているように思えるんです。均衡をとっている。

(もちろん“この限りではありません”けどね)

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「紹介する」ってすごくむずかしいし、コミットする関係性が増えるわ、深まるわってことだから、結構たいへんな行為だなぁと思ったりしてます。

前後の文脈を感じて、一気にぐったりします、楽しいんですけどね。エネルギーがいる。人に人を紹介する時が一番しんどい。

他人から頼まれることもあるし、自分が双方と話をして、勝手に“絶対うまくいく”と思って引き合わせることもそれなりにある。

“橋渡し”ってのは、「橋に乗せて、はいどーぞ!」ではなくて、「ちゃんと渡れたか?」どうかとか、「足場壊れてないか?」とか「バランス大丈夫?」とかを、けっこう細かく見ないといけないんだと思ってます。

メッセンジャーに入れて、「つなげた!」と思って、ハッピーな気持ちになって、それでおしまい!っていう「目出度い人」がたまにいるけど甘い。

(これ、特に年配の方に多いんですが。。)

それは“紹介”じゃなくて、ただの“招待”だし、誰でもできるから。笑

そんなことを、普段から思ったりしてます。

「神経」を使いますよね、世の中って。

誰かに何か(誰か)を、紹介する。

それは、見えないところにある「信用の行き来」であることを忘れないで、明日からもまたいろいろ取り組んでいきます。

毎日がたのしいんですよね。

※インスタではわりと毛色の違ったことを書いたりしてます。よろしければ

 ※

1月22日

6時起床。白湯を飲んで、散歩へ。前もそうだったけど、小高の朝は天気が良い。

前日の夜は、たくさんおしゃべりをして、楽しい時間だった。僕だけ先におやすみをしたのだけど、夜な夜な日本酒談義は続いていたみたい。

セブンで朝ごはんを買って、施設に戻って食べる。野菜いっぱいのちゃんぽんスープと、納豆巻きにサラダ。

午前中は、前日のトラブルの回収。3月に企画するイベントに関してちょっとゴタゴタがあった。無事軌道修正されてよかった。3月楽しみ。

突発案件で(今の本業以外の)依頼がある。ちょっと週末動かないとな案件だったので、その内容を電話で折り返して確認する。面白そうだ。

自分にできることはやる。難しいことはちゃんと誠意を持って断る。これを今後はこれまで以上にちゃんとやる。

14時過ぎ頃に作家の柳美里さんが小高に作ったブックカフェ「フルハウス」に行く。

すごく面白い一冊を見つけて、「こういう時のために自分は本屋に行くんだよな」と感じて購入。

少しゆったりとして、東京に戻る準備をあるので、施設に戻る。仕事もしながらも、電車の時間がきたので施設をチェックアウト。

小高パイアニアヴィレッジ、すごくいい施設です。人もいい。また来る。

途中、「浪江」という駅で「特急ひたち」乗り換えのため30分ほど空いたので、近くを散歩。駅から離れると、驚くほど人がいない。ほとんど車で、たまにちらほら人を見かける程度。

人が溢れるということは今後はないと思う。だけど、まずその事実に立って、これからを考えるということは大切だと思う。

無闇に希望を描かない。

東京の自宅に戻り、久しぶりに妻のご飯。

外での美味しい外食もいいけど、最近は家飯がなんだかすごく恋しいなと思うことが増えた。やっぱり自分は「胃袋」をしっかり掴まれているな、と思った日。

いい1週間の旅路でした!

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