繭を解く君が最も、(繭、纏う/原百合子)(1233字)

「髪、伸ばさないの?」


僕は、この下らない質問が大嫌いだった。


ショートカットの女の子で、この質問を餌食になったのは、きっと僕だけじゃないんだろう。それを訊かれる度、うんざりしているのも。


僕が髪を短くしているのは、それが一番好きで、似合っているからだ。それなのに、「女の子は髪を伸ばさなきゃいけない」なんて、本当に下らない……。

私たちの制服は
髪で出来ている

――第1話より引用

『繭、纏う』の登場人物は、みな一様に髪が長い。「彼女ら」の髪は、「彼女ら」のものだけではなく、「彼女ら」が通っている学園の財産――制服にするための糸だから。


結ったときの姿はそれぞれ違うとはいえ、みな同じくらいの長さなので、一見すると、彼女らのアイデンティティーは在って無いようなものだ。


それは、ある意味では本当なんだろう。みな髪を伸ばしているのと同じように、みなが吸っている空気も同じでなければならないのだから。同じであることが、「彼女ら」を繋いでいる。(「縛り付けている」といってもいいのかもしれない。)


それが、良いのか悪いのかは、わからない。でも、「彼女ら」が思い描いている理想の姿であることには違いない。

ここを守るためには
少しの綻びも許されないのよ

――第12話より引用

けれど、「彼女ら」の一部になれない少女がひとり。それが、主人公・横澤洋子。彼女は、自分が着ているソレと同じように、自分の髪も制服になることを夢見ている。しかし、その憧れだけでは、「彼女ら」が作り上げた繭の中に入ることはできない。だから彼女は、自分で作り上げた自分だけの繭に閉じこもるしかなかった。


けれど彼女は、自分と同じように「彼女ら」になり切れない王子様・佐伯華に恋をする。華もまた、自分を取り巻くしがらみから解放されたいと願っている。しかし、華が恋をしているのは、洋子ではない別の相手で……。幾つもの髪が、幾重にも絡み合っている。


髪と髪が絡まってしまうのは、本来美しくないはずだ。(何せ、人間関係にも同じことがいえるから。)特に、調和をよしとする「彼女ら」にとっては。絡まったら、髪が傷んでしまう、切れてしまう……。


けれど、切れてしまうかもしれないと恐れながら、洋子はひとり籠っていた繭から抜け出そうとする。それは、他ならぬ大切な人を想うがゆえに。その姿は、「彼女ら」にとって美しくはないのかもしれない。それでも、外へ踏み出す彼女は――自ら解いた繭/髪を纏う彼女は、誰よりも美しい。

知らないでいたら これから先
触れようと 関わろうとする度に
何度も何度も 傷ついて すり減って
けど

「できないよ」

――第20話より引用

「髪、伸ばさないの?」


僕は、この質問が大嫌いだった。


自分は短いのが一番似合っているし、それに――安易に伸ばすべきではないような気がした。


髪は長ければ長いほど、持ち主の信念が宿るような気がする。だから、髪の長い人を見ると、つい目を惹かれてしまうんだろうか。かつて、その人が籠っていた繭を解いた人を。


繭、纏う。

6/17更新

繭、纏う/原百合子(既刊3巻)(2018年-)

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