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『氷』と書いて『永』と読め(氷/アンナ・カヴァン)

『氷』と『永』は、よく似ている。


それは、字面だけではなく。


火によって燃やされるのではなく、水で押し流されるのではなく、氷漬けにされたものは、何千何万年経過しても、その姿を維持し続ける。


それは、救いだろうか。


それとも。





アンナ・カヴァンの『氷』では、まさしくその氷によって、世界は終焉を迎えようとしている。


序盤では、まだ氷に浸食されていない地域もいくつかある。しかし、それも時間の問題だ。どこへ逃げようと、無駄なことだ。氷は、誰の元にも平等に訪れてしまうのだから。


そして、追われているのは――追いかけているのは、氷だけではなく。


”私”は、自らの前から姿を消してしまった少女を、執拗に追っている。文字通り、世界の果てまで。


”私”は、何度も何度も少女を目の前にする。しかし、あと一歩のところで、どうしても捕まえることができない。


もとより、”私”が目にしているのが、現実なのか妄想なのか、読者にも判別しかねることがある。


”私”の目が捉えている少女は、本当に”私”の眼前に存在しているのだろうか?


そもそも眼前の少女は、”私”が捜している少女で間違いないのだろうか?


そして、時折奇妙なことがある。少女の身に起きたことを(これも、現実なのか妄想なのか知る由もないが。)知るはずのない”私”が、まるでその場で見聞きしたかのように語り出すのだ。


何を信じればいいのか?


何を疑えばいいのか?


現実と妄想の境目は溶け合い、今”私”がどちらに足を踏み入れているのか、第三者である読者の自分も、徐々に混乱してくる。


奇妙なことは、まだまだある。


少女は、”私”の前に現れては、すぐに姿を消す。そしてまた現れ、同様に”私”を惑わせる。


なぜ、”私”の行く先々で少女は現れるんだ?


なぜ、”私”は必ず少女を逃してしまうのか?


もしかすると、すでに世界は終わっているんじゃないか?


他ならぬ、氷によって。


”私”も少女も氷漬けにされて、その中でいたちごっこを延々と続けているんじゃないか?


もしも、同じ地獄なら。


炎によって全てを燃やされるのか。


氷によって全てが停止されるのか。


はたして、どちらがいいんだろう?





『”私” .zip』


『少女 .zip』


どちらも圧縮され、永遠に解凍されることはなく。


フォルダ『氷』に、『名前を付けて保存』。

12/2更新

氷/アンナ・カヴァン(翻訳:山田 和子)(2008年)

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