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Clap(お題「迷子、雷、宅配」)

「先日助けていただいた鶴です」

「ちょっと待って」

「はい?」

「どこからツッコめばいいのかわかんないけど……人違いですよ」


そう答えると、女の子は怪訝な顔をした。


「鶴ですよ?」

「人間じゃないですか……」

「ほら、ここに鶴のイラスト、あるじゃないですか」


女の子は裾をひっぱって、胸元にプリントされたソレを強調してみせた。たしかに、たった今羽ばたこうとしている鶴がでかでかと……じゃなくて。どこで売ってるんだ、このクソダサいTシャツ。


「ドン・○ホーテで買いました」

「やっぱり人間じゃねえか。……じゃなくて、何、どちらさま?」

「だから、鶴ですって。恩返しに来ました」

「……この際、鶴でも人でも何でもいいけどさ……。俺、そんなことしてないよ。ていうか、出来ないよ。……ひきこもりだから」

「何でもいいなら、コレ受け取ってください。お届け物です」


女の子が差し出したのは、彼女の両手にやっとこさ乗るほどの小包だった。思わず受け取ると、中身が空でもおかしくないほど軽かった。伝票が貼ってあるわけでもなく、俺はますます訳がわからなかった。


「差出人は誰なんですか?」

「私です」

「……今開けなきゃいけないんですか?」

「さっさとしてください」


取り急ぎ通報したかったが、この状況だと、俺の方が事情聴取されかねないので、大人しく小包をほどいた。


中には、折りたたんだ婚姻届が入っていた。握り潰した。


「冗談ですよ」


女の子は、事もなげに言った。


「……冗談なら、そろそろ教えてくれ。何なんだ、あんた」


深い深いため息が、下の方から立ち上ってきた。俺もよくする。何かに対して心底呆れたときに出るため息だ。


「本当に忘れちゃったんだね。……××兄」


懐かしい呼び名が、女の子の口から出た。


「××兄? ……じゃあ、あんた、まさか」

「そう。あなたの、愛しい愛しいいとこだよ」


いとこ。


もう何年も会っていない、俺によくなついていた女の子。


何年も会ってないのは、この子の両親である叔父叔母もだし、さらに言えばうちの両親もそうだけど。


「親の顔より先に、お前の顔を拝むことになるとは……。ていうか、どうやって知ったんだココ」

「おじさんおばさん家に行ったときに、こっそり調べちゃった」

「『調べちゃった』じゃねえよ、ストーカー……」

「××兄」


急に、いとこ(未だに名前が思い出せない)が神妙な顔つきになった。


「どうして私が××兄を好きになったのか、知ってる?」

「好き……好き?」


ひきこもりには縁の無さすぎるセリフに、体が硬直する。


「先日うんぬん……っていうのは、あくまで定型文だよ。私が××兄に助けてもらったのは、五歳のとき。覚えてる? うちのお父さんお母さん、おじさんおばさん、××兄と私……。みんなで、モールに出かけたときにさ。ほら、あそこの。みんな買い物に夢中でさ、私が迷子になっても、全然気付かなかったの。後で文句言ったけど、これっぽちも心配してくれなくてさ。でも、××兄だけは、いなくなった私に気付いてくれたじゃない。探してくれたじゃない。まあ結局、二人そろって迷子になっちゃって、近くにいた店員さんに保護されたんだけどね」


目の前の状況を、頭が上手く処理してくれなかった。結局のところ、どうするのが正解なんだ?


そう思ったとき、後ろの方で雷が鳴った。


一瞬の暗転の後、俺は床に倒れていた。というか、押し倒されていた。押し倒した当人は、影になってわからないけど、笑っているように見える


「……恩返しは?」


ようやく、口から出てきたのがソレだった。


「私が、ここに住むことだよ」

「……それ、恩返しなの?」

「『鶴の恩返し』はそうでしょ?」

「いや、あの恩返しは機織りであって、じいさんばあさんと住むことじゃ……」


後は何を言っても、いとこはニヤッと笑って受け流すだけだった。その笑いが俺達の行く末を暗示しているようで、げんなりした。


彼女が俺の上からどいても、俺はしばらく転がっていた。どうにでもしてくれ、と思った。



お題提供者:明星さん(@aiaaiai_)

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