めちゃくちゃ才能がある新人が現れた 『ポニイテイル』★27★
「え? ポニイテイル?!」
「そう。ポニイテイル」
「リンリン、もしかしてふざけてる?」
花園あどは鼻を赤くし、バンビに詰め寄った。
「ん? なんで」
「だってポニイテイルって……ウチが今プレゼントした物語のタイトルだよ!」
「マジで?」
「何真面目な顔してんの。ウチをダマそうとしてるね」
「いやいや、ぜんぜん! ウソ、同じなの? ヤバッ」
「うわ、ホントにたまたま?」
「そうだよ」
「キャぁぁぁあああ!」
2人はグローブソファで身を寄せ合った。
「もしかしてウチたち……呪われてるのかな」
「これは偶然すぎる。コワッ! ねぇ、あどちゃん、なんか、悪いことした?」
「たぶんしてない。うん。だって、今日だって……ウソついて早退したくらい」
「思いっきりしてんじゃん!」
「ていうか、ふうちゃんだって、ウソついて休んでるし!」
「でも、これは、たまたま……だよね。フツーのたまたま」
「でもさ、こんな偶然ってある?」
「ない。ていうことは、これはもしかしていわゆる――」
鈴原風と花園あどは声をそろえて叫んだ。
「ミラクル!」
「で、ふうちゃん、ウチにそっくりって? ホームページがウチに似てるの?」
「まあ、とりあえずほら、見てよ」
鈴原風はスマホのお気に入りから、ウェブサイト『ポニイテイル』へジャンプした。
「なにこれ! カワイイ!」
背の低い、穏やかそうな馬たちの写真が少女たちの目の前に現れる。
「ミヤコウマ。宮古島って暖かい島にいるポニイサイズの馬なんだ」
「へぇ! おお! みんなカワイイねぇ」
「いいでしょ、ちっちゃくて、やさしい目で」
2人はグローブソファに包まれたまま、スマホでサイト内の画像を眺めた。
「ちょっと、見るの速い! 上に戻って」
南国の眩しい日差しを背中に受け、ポニイのたてがみはキラキラしている。ミヤコウマは、背が低くてやせていて、子どものような大人のような、フツーといえばフツーの、特徴のあまりない馬だけど、特に目がキラキラしていて、今にも人間に語りかけてきそうな、どことなくファンタジックな魅力を内に秘めている。
「なごむねぇ。たしかにウチにそっくり。カワイイ子ばかりだ」
「ちがうちがう。こんなスリムな子たちがあどちゃんに似てるハズないでしょ」
「ぬぉ!」
「似てるのはさ、このサイトの雰囲気」
「雰囲気?」
「ミヤコウマはね、実は……絶滅寸前なの」
「ゼツメツスンゼン?」
「そう。ゼツメツキグシュ。もう、残り50頭を切ってる」
「え?」
「この世にあと50頭もいない。なのにさ、ぜんぜん深刻そうな感じがしないでしょ、このサイト」
「うん! めっちゃキュートな写真ばっか」
「他のミヤコウマのサイトはね、絶滅の危機にあることとか、保護の呼びかけとか寄付についていっぱい書いてあるの。みんなに注目して欲しい、協力して欲しいって。でもこのポニイテイルってサイトだけ、なんか、のんびりしててさ。しかもだよ。ホラ、ここ見てよ」
「ん? なんて読むの? はらあつめ?」
「は? あんたの漢字読めないレベル、深刻だね……。これはゲンコーボシュウって書いてある」
「ゲンコーって作文のこと? え? 何で」
「でしょ! 超深刻なのに……え? 何でってタイミングで意味わかんないこと言うところが、あどちゃんそっくり」
「作文って、なんの作文? ていうか字、小さっ!」
あどは目をこする。風は指でタッチし、小さな文字のサイズを大きく表示させた。
「ミヤコウマ文学賞。物語を通して、世界中の人にミヤコウマのことを知って欲しいらしい」
「わお! メチャクチャいいアイデアだね!」
「あのさ、もしかしてマジメに言ってる?」
「うん! なんで? 超イイアイデアじゃん!」
「集まるわけないじゃん。誰も書かないよ、そんなの」
「え? どうして? ピンチなんでしょ、このカワイイ子たち」
「そうだよ」
「じゃあ、集まるでしょ。みんないっぱい書いてくれるよ。絶滅寸前の動物を救うための物語か! たしかインターネットって世界中の人が見るんだよね?」
「うん」
「どんな仕組みか知らないけど、外国の人も見るんだよね」
「むこうの人、日本語はわからないと思うけどね」
「世界中の人が助けに来てくれるよ!」
「あのさ、現実がそんな単純に変わると思う?」
「ん?」
「ていうかさ、賞金も出ない文学賞に、物語を送ってくる人なんていると思う?」
「賞金?」
「ふつうね、こういう文学賞って賞金がつくの」
「そうなの? いくら? 500円くらい?」
「は? 子どものお小づかいじゃないんだから。ていうか子どもで応募してくるヤツなんてまずいないよ」
「え? 子どもは書いちゃダメ?」
「賞金も何十万、何百万って世界だよ。それに物語を書くのは普通大人。小学生で書くヤツなんて1人もいないし」
「そうなの? じゃあ、ウチらが書こうよ。そうすればマネして書き始める子もいるかもじゃん!」
「単純なヤツだね。あどちゃん、作家になるんでしょ?」
「うん、そうだよ。運命、お告げだからね。おし、書こう!」
「じゃあイイこと教えてあげる。ホンキで作家になりたいならさ、こんなサイトのために文章書かないで、もっと有名な文学賞に送らなくちゃ」
「有名な文学賞?」
「そう。そしてそこで大賞か、もしくは特別賞あたりをもらって審査員に褒められるの。めちゃくちゃ才能がある新人が現れたって。で、1回注目されたら大チャンス。いろんな人の意見を聞きながら、がんばって売れる2作目を書いて。うまくそれをシリーズ化して。だんだん売れてきたら、インタビューとかテレビとか出まくって、さらに売れて、何年かおきに有名な賞をいくつか受賞して大作家になってゴール!」
「え?」
「わかった? これが作家」
バンビはハムスタへあいまいな表情を向けた。これから笑うのか泣くのか区別のつかない、中途半端な顔。
「そうなの?」
「そ、そうだよ。たぶん。うん。あたしの知ってる範囲だと」
「ヘンなの」
「どこが?」
「じゃあさ、作家はこまっている人もウマも助けられないの?」
「キリがないんだ。ネットを見ればわかるよ。世界中、こまっている人だらけ」
「そうなの?」
「さっき話したじゃん。作家は読者の気持ちっていうか、ニーズってやつを考えなくちゃ。あたしたちみたいな自分勝手の妄想じゃなくてね、たくさんの人が手に取って、お金を出して買いたくなるほど感動する話を書けないと、この不況に本なんて出せないんだって。もし運よく売れてさ、人気作家になって余裕ができたらこまっている人を助けられるかも」
「あのさ、それって何情報?」
「いろんなサイトに書いてあった。オトナたちの現実的な意見」
「ゲンジツ的な意見――」
「あどちゃん、カンタンに作家になりたいとか言ってるけど、厳しいんだから。ほら、たいして野球の練習もしないで将来野球選手になるとか言ってる男子、いるでしょ。ぶっちゃけ、あどちゃんもあんな感じだよ。作家を目指している人なんてこの世にいーーーっぱいいるんだよ。見てる方が恥ずかしいからさ、努力しないで夢とか語るのヤメた方がいいよ。来年中学になるんだよ。あたしが私立に行ったら誰があどちゃんのフォローを――」
「あのさ、リンリン」
花園あどの目は、城主のように鋭く吊り上がっていた。その柔らかい右手には、金色のユニコーンの角。
「な、何?」
「前にさ、ハナロングロングゾウの物語書いたでしょ。いっしょに。覚えてる? レミ先生をモデルにしたゾウの話」
「レミ先生をモデルに? ああ、あれか。考えたのは覚えてるけど……どんなのか忘れた」
「忘れちゃったの?」
「受験ってさ、メモリー使うんだ。ムダなことは忘れることにしてる」
「ムダなこと?」
「そう。ムダなこと」
「じゃあ、思い出させてあげる――」
ポニイのテイル★27★ この時代の作家
物語のスケール。
この時代に作家として活動することの意味は何か。
強いもの、勝つもの、成し遂げることに憧れ、是とする人。
何も成し遂げていない、勝てない、強くない人。
その両方、その中間。それとはまた別の価値観をもった人。
今すぐ行動を起こさないと、現実を変えられないままに終わってしまう。理想とか現実とか言っている間に、リアルに、ほんとうにリアルに絶滅してしまうものがいる。それなのに――それぞれの立場に守られたまま、いつまでも傍観者で、情報だけを集めていると、自分たち自身も大きな流れによって損なわれていってしまうのではないか。考えなければいい? でも考えてしまう。行動しよう! でも勇気が出ないし続かない。さらに動き出すと気づく。行った先にはすでに多くの人がいて、既存のルールと価値観によって絡めとられてしまう。自信を失い、才能がないよね、自分はと自己評価を下し、つぼんでしまう。
棒を拾って走り出したのに、こんなのただの棒だと思って嘆く。運命感じて走ったのに、こんなもんだ世界は、と適当に折り合いをつけて終える。
それが普通なことなのか、それが当たり前のことなのかと問うこと自体、普通とか当たり前に屈服しているように思える。
あのさ、それって何情報?
自分の人生と才能を、自分でつくりだしたイメージで台無しにしていいの?
どうすればいい?
じゃあ、思い出させてあげる――
物語の子どもたちの声に耳を傾ける。現実の子どもたちの姿に目を向ける。子どもだった自分に問いかける。目の前にあふれる大人たちの表現を受け止める。
わかった? これが作家 そうなの? そ、そうだよ。たぶん。うん。あたしの知ってる範囲だと ヘンなの
作家とはどんな存在か。日々、自分を更新して、自分が感知できる、現在・過去・未来をすべてひっくるめて受け止め、文字にしていくだけだと今は思っています。
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