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新約聖書➀

12月はクリスマスがあるため、この時期だけ聖書を読む日本人もいるらしい。そこで、聖書について、疑問点を少し書いておこう。


➀山上の説教


マタイ福音書には有名な山上の垂訓と呼ばれる長い説教の部分がある。その説教は「心の貧しい人々は幸いである。」で始まる。なぜ、わざわざ「心の」がついているのか。

 「悲しむ人」とか「心の清い人」とか出てくるので、もっぱら心の状態を言っていると考えてもよいわけであるが、私は別の可能性を考えた。

原始キリスト教も福音書が成立した頃は、さまざまな階層の人が参加するようになっていて、中には富裕層もいた。そこで、「貧しい人々」ではなく「心の貧しい人々」になったのではないだろうか。

イエスは「何を着、何を飲もうと思いわずらうな」と言っており、衣食に不自由する貧しい人々の味方だった。それなら説教の冒頭は「貧しい人々」でも良かった筈だ。そうならなかったのは、原始キリスト教教団の財政事情から、お金のある人々からもお布施をしてもらう必要が生じたので、後世になって、イエスの説教に言葉が付加された可能性がある。


 ➁十字架上の言葉

イエスが十字架に架けられた状態で言った言葉は福音書によって異なっている。ただマルコとマタイの福音書は「我が神、我が神、何ぞ我を見捨て給いし。」となっていて共通している。この言葉は旧約聖書の詩篇に出てくるのであるが、イエスほどの人物が自分の最期の時に、すでに誰かが書いた詩を口ずさむなどということをするだろうか。天才は独創的だから天才なのであって、先人をなぞるのは、秀才止まりだ。

この言葉はルカやヨハネの福音書には出てこない。マタイはマルコの福音書を参照したと言われており、この部分はマルコの創作であろう。


➂弟子


ペトロはイエスの一番弟子だった。だが、この人物は湖で魚を獲っていた漁師である。なぜ、こんな素朴な人物を一番弟子に選んだのか。もう少し知識のある人はいなかったのか。

これについては、ペトロは民衆代表として登場していると解釈することも可能だ。広く民衆の支持を得るために、素朴な人を一番弟子ということにしたのかもしれない。

旧約聖書に預言者のエレミアがエリシャを誘うと「牛を捨て従った」という記述があるが、福音書でイエスがペトロを誘うと「網を捨てて従った」とあるのは、旧約聖書からヒントを得て創作したとも考えられる。

上田秋成が『論語』の弟子達の話は後世の人の創作だと主張しているが、新約聖書の場合も、創作かもしれない。

お読みいただきありがとうございました。

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