aimai

小さな君たちと過ごす私の詩と散文。すきな四字熟語は"曖昧模糊"

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小さな君たちと過ごす私の詩と散文。すきな四字熟語は"曖昧模糊"

最近の記事

詩 #6 きみへの祈り

いやだという やりたくないという かえりたいという ぼくは ひとつひとつのきみの否定系に すこし傷つきながら きみを 希望から引き離さないように 繋ぎ止めようともがいてみせてはいるが きみがきみ自身を否定しない限りは 最大級の悲しみではないと そっと胸を撫で下ろしている

    • 詩 #5 プレゼント

      これ あげる 端の曲がった しわくちゃになった なんとも不恰好な それでいて 真っ直ぐな目と 真っ直ぐ差し出す手と とびっきりの笑顔に 恥ずかしそうな折り鶴が こんなわたしですが といって 私の手のひらにのってくる 最高の贈り物

      • 詩 #4 宝物

        花びらとともにやってきた 小さな君たち うつり変わる花の色に負けないほどに 強く芽をのばす 君たちの笑顔のうしろに 君たちの泣顔のうしろに 私よりもっと深く もっと高く 君たちを慈しむ人の顔が 浮かんで見える 小さな君たちがもっと小さかったときから ずっと ずっと 君たちを守ってきた人の 愛に 私は突き動かされる 君たちは 宝物

        • 詩 #3 おとなになっても

          絵が書きたいよ ねんどがやりたいよ おにごっこがしたいよ べんきょうじゃなくてさ。 君たちの愛しい攻撃を 華麗にかわしながら こころのそこから願うことがある どうか20年後も、 君たちのなかにある「やりたい」の輝きが 失われていませんように。

        詩 #6 きみへの祈り

          詩 #2 つくえの下

          たいいく座りで俯くきみ ちっこく まるっこく ぎゅっと収まって きみたちの世界からにげてきた 小さなきみの ひなんばしょなんだね そこは私のしごと場なんだけどなぁ

          詩 #2 つくえの下

          詩 #1 小さい君たちへ

          きみの瞳に想う 世界はまだ輝いていることを きみの笑顔に想う 小さな幸せを見つける幸せを きみの泣き顔に想う 「人生、こんなもんじゃないぞ」

          詩 #1 小さい君たちへ

          幸せな報告と宣戦布告

          では、会議の終わりにみなさんにご報告があります。 田中先生どうぞ。 校長先生、時間を作って頂きありがとうございます。 私事で大変恐縮ですが、 私はこの度、パートナーシップを結ばせて頂きました。 相手の方は、違う市町村で、同じ先生をやられている方です。 名前は変わりません。 今後ともよろしくお願いいたします。 ーそれは、同性の方と、ということなんですか? 人の性別はその人自身が決めるものです。 その質問に私は答えることができませんが、 代わりに一つお聞きしてもいいでしょう

          幸せな報告と宣戦布告

          そういうときもあるよね

           この仕事を始めて2年目。わたしが子どもたちに向けて、魔法のように使う言葉がある。 それが、このタイトルの言葉だ。 先生!階段で転んじゃった! 先生!牛乳こぼしちゃった! 先生!〇〇さんが泣いてる! 先生!その字間違ってるよ!  毎日毎日、「先生!」と信じられない量の報告が投げ込まれる。子どもたちは至って真剣で、「大変大変!こっちきて!」と沢山の仕事をくれる。  もちろん、全ての報告に反応する。怪我なら手当てをするし、喧嘩なら話を聞くし、自分の間違えはすぐに直す。(最善

          そういうときもあるよね

          94時間

          4月の残業時間が、過労死ラインを優に超え、 新卒社会人初っ端から、「私の仕事はブラックです」という看板を打ち立ててしまった。 私はこれを悲観するでもなく、美化するでもなく、 ただ「でしょうね」と肯定的に受け止める。 残業しないと安心できないから、好きで残業しているし、無給の土日出勤も、損をしてると思ったことがない。 自分がこれを話すことで、この仕事のイメージは下がるかもしれないけど、 下げたいと思っているわけではないことは先に伝えておく。 新任だから、できなくて当たり

          94時間

          好き継続時間と自己肯定感と一文の長さの話

           自分が大切にしきれなかったものが、誰かにとことん愛されていることを知ると、安堵の溜息が洩れる。それは決して自分の過去を強調したいわけではなく、むしろ、不良品の自分が生み出した罪を、誰かが肩代わりしてくれているような、そんな有難い話である。  それにしても、心に決めたその人のことをずっと大切にし続けられる人を見ると、どこでそんな術を習ったのかと聞きたくなる。素晴らしい才能だと私は思う。就活で自己アピールとして話せるんじゃないかしら。  まあこんなことをここで書いてしまうと

          好き継続時間と自己肯定感と一文の長さの話

          雑記

          深く深く考えたり それを恥ずかしがらずに文字にしたり 脳内のことを赤裸々に綴ったりする私たちは 果たして「普通」なのか noteという場所ではなく 日常と名付けられたその場所で 私たちは居心地良く生きている人間なのか 記事の中にその人の気質を見出して 自分の中の何かと重なるからこそ またその人の文を読んでみたいと思う 物書き同士で互いの文を読み合うことは 安全地帯で酒を交わすようであり 現実社会の知人たちに自分の文を見せることは 刀だけ持って敵陣に一人で飛び込むようで

          本が好き?

          本は好き。でも読むのはしんどい。これが本音。 世の中の本好きの中には、読むのがべらぼーに速い人や、活字と向き合うことが全く苦にならない人も稀にいるのか否か。 1ヶ月程時間をかけて読んだ時も、のめり込んで1日で読み切った時も、暫くは本読まなくていいやと思ってしまう。 兎に角、揺さぶられた感情に酔い、感情を揺さぶった作者の技量に惚れ、一冊読み切った自分に好意を持つ。 それがルーティーン。 辛い苦しいと思いながら遂に最後の一文を読み終えると、"私ってやっぱり本好きだな"なんて

          本が好き?

          「気にしない」ということができないから

          どうしても人の言うことが気になる どうしても人の態度が気になる どうしても人の反応が気になる それらが必ずしもその人の本音と直結していないことは、21年間生きてきている中で段々わかってきた。 それでも、その目線や言葉や仕草に何か意味があるような気がして、探ってしまう癖がある。  それが応用して、人に関心を持ちすぎるところがある。同じ組織の中で全体の意思とは逆走する言動をしたり、誰かを傷つけていたり、本音の部分では真剣でなかったりする人がいた時に 「人は人」と割り切ることが

          「気にしない」ということができないから

          嫌われたくない私はここに来た

          人目を気にしてしまう小心者の私は「気持ちを素直に書き言葉にする」という作業が極めて困難に思われる。 口語体、文語体なんて言葉があるが、かつて両者の間にあった距離は段々と短くなり、今の私たちがその差を意識することは殆どないような気がする。 e mailなどは仕事で使うことが多く、正式な文書という重厚なオーラを纏い、どしんと構えている。そもそも正しい日本語、正しい敬語を日常以上に求められるきらいがある。それは半永久的に残るという「書く」という営みの性質が最も光る場所でもあるか

          嫌われたくない私はここに来た

          自分の名前が好きでたまらない

           この名前を与えられたことが、人生最大の幸運と言ってもいい程、私は自分の名前が好きだ。  私を呼ぶ人の口から発せられるその名前を聞いて、いつも惚れ惚れしてしまう。  好きな人たちの口から、私の好きな名前が飛び出すことが、友達と居て楽しいことのひとつであるのかもしれない。  歯切れが良いし、軽さもある。滑らかでもあるし、強くもある。ローマ字にした時、特に小文字の並びはこれ以上ないくらいに綺麗である。  希少ではあるが奇抜ではない。血液型がABで嬉しいという気持ちと似ている

          自分の名前が好きでたまらない

          タイトルさえ。

          積み上げてきた言葉が 静かに崩れていく 音も立てずに、人知れず 崩れていく 小さな しかし重大なその崩壊に 私は気づくことができない 沢山ある選択肢から 好きなものを選び取る ささやかな時間が 私は好きだった 好きだったのに 気づくことはできない ある日ふと 箱の中身を覗いてみると 単純で 卑劣で おもしろみのない ガラクタだけが ころがっている 口から吐き出される つまらない言葉 もう自分のものではない その破片をみて 信じられない と 被害妄想が走る ま

          タイトルさえ。