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「呼吸法」について考えたこと 【前編】


(1)合気道における「呼吸法」の効果


① 当会で「呼吸法」をおこなう理由

私の師匠である多田宏先生(合気会本部師範, 合気道九段, 以下「多田先生」)は、稽古の冒頭に「呼吸法」を必ず行うように指導されます。

とはいえ、合気道を稽古する道友のうち、「呼吸法」を稽古に取り入れている道場・指導者は数少ないはずです(*多田先生の門下を除く)。

多田先生は、呼吸法を稽古に取り入れた理由(の1つ)について、次のようにお話されたことがありました。

◦ 大先生(合気道開祖・植芝盛平先生)が道場で祝詞奏上をなさると、道場全体が「同化的・瞑想的な状態」になった(*1)。
◦ その状態を再現したくても、自分が同じように祝詞を唱えるわけにはいかない。そこで「呼吸法」を取り入れた。

多田先生直話

つまり、当会で実践している「呼吸法」は、大先生が創出された「同化的・瞑想的な道場の状態や道場生の感覚」を再現するために、多田先生が長きにわたる研究・研鑽に基づいて組み立てた、「稽古法のエッセンス」といえます。

何より、「呼吸力」を大切にするという合気道において、「呼吸法」を稽古に取り入れることは、とても自然なことだと、私には感じられます。

この記事では、「呼吸法」について私なりに考えたことを書いています(注:あくまでも、私の個人的な見解に基づく内容です)。なお、「呼吸法のやり方を解説する記事ではない」ことを、最初にお断りしておきます。

呼吸法の風景(呼吸合わせ)

② 合気道の「術技」における「呼吸法」の効果

合気道において、「呼吸法」はとても良い効果をもたらします。特に、「同化的・瞑想的な状態」にスッと入る感覚を掴むのに、とても有効だと感じます。

また、呼吸法を通して身体の動きに呼吸を錬り込むことで、動きに「ノビ」が加わります。「ノビ」のある動きを通して、稽古相手と「対立・対峙」を超えた、「同化的」な状態になることができます。

身体に呼吸を錬り込むことの効果について、多田先生は次のようにお書きになっています。

 合気道にとって特に重要なのは「技と呼吸法の一致」である。
 合気道稽古法の主は「気の流れ」と「鍛錬」「呼吸力」であり、業の要は入身と転換である。
 合気道で技の稽古を行うと、上達するに従い次第に動きの角が取れる。すると角が取れた四角、三角は円の理と同じになる。そこに「呼吸法」の吐く息の延びから得た感覚が加わると身体の動きが「緻密になり」身体の動きの線に「ノビ」と言われる「良い粘り」安定感がでるのである。
 この様な状態になると種々の対立感が取れ、それによって「彼我の同化」「動きの自動化」「技の湧出が自在」ということになる。

『心と体をととのえる 呼吸法とマインドフルネス』(2018, 大法輪閣編集部[編], pp61-62, 「合気道の呼吸法(多田宏 著)」より, 太字化は筆者による)

なお、呼吸法では、「吐き伸ばす呼吸」だけでなく、「鋭い呼吸(鋭く吐く呼吸)」も大切にします(例:天鳥船, 禊呼吸法)。「鋭い呼吸」は、合気道に大切な「剣を斬り下ろす(斬り上げる)感覚」に通じます。抑え技(一教〜五教)、各種の投げ技など、「剣を斬り下ろす(斬り上げる)感覚」で行う稽古には、「鋭い呼吸」も活きるのです。

呼吸法で得られる感覚のまま、合気道を行う

このように、「呼吸法」を通して得られる感覚は、そのまま合気道の「術技」に活用できます。ですが、呼吸法から得られる「効果」は、合気道の「術技」に留まりません。

「呼吸法」や「合気道」のようなものは、「命の力の高め方・保ち方・使い方を学ぶための訓練法」であり、そうした稽古を通して得られた力・法則は、どのような(道場外の)分野にも活かすことができる。師匠からはそのように教わりました。私自身の経験や、道友たちの述懐からも、その教えの確かさを実感しています。

だからこそ、呼吸法を通して得られる「効果」の活用を、合気道の術技「だけ」に留めてはもったいないと感じるのです(合気道の「術技」への活用が、呼吸法の「効果」を確認しやすいことは確かです)。せっかく「呼吸法」を実践するならば、「(合気道を含む)自分の人生・生活をより良くするもの」と捉えるほうが、断然、実り多いものとなるはずです。

(2)なぜ、「呼吸法」は大切なのか?


①「生命進化」の視点から考える

合気道を始めて2年ほど経った頃、ある書籍に出会いました。それは、解剖学者・三木成夫氏(1925~1987)の思考世界について、その弟子である布施英利氏(解剖学者・美術批評家)が解説を試みる、というものでした。

『人体 5億年の記憶: 解剖学者・三木成夫の世界』(2017, 布施英利, 海鳴社)

多田先生から「呼吸法が大切だ」と幾度も聞かされながら、その頃はまだまだ合気道の「技」や「体捌き」を学ぶことに夢中で、私自身は「呼吸法」について真剣に考えたり、実践したりすることは、あまりなかったように記憶しています。

そんな時、同書の一節を読んだ瞬間、「呼吸法が大切だ」という先生の教えが、「生命の進化」という大きな視点を介して、腑に落ちたのでした。

少し長いですが、その一節を引用させていただきます。

 肺がおこなう呼吸というのは、消化と並んで吸収系の大切な二大巨頭だ。そのせいか、呼吸と消化というのを対等に、同じくらいの生命進化の歴史を秘めたもの、というふうに考えかねない。しかし呼吸と消化では、その生命史における、奥行きや深さは全く違う。一本の管である消化系が、からだの基本形であるとしたら、呼吸する器官は、その基本形に後から付け足した新米に過ぎないのだ。
(中略)
 つまり、肺や気管という呼吸に関わる内臓は、生命進化の歴史では、後から「付け足された」ものなのだ。付け足しであるから、そもそも完璧に出来上がっているのかどうかも分からない。呼吸には、未だに進化・改良の余地があるのかもしれない。
 そんなわけで、呼吸だけは、内臓の働きの中で、動きを止めたり動かしたりを、意思でコントロールできる。他の内臓とは違うのだ。

同書, p153, 太字化は筆者による

38億年前、海の中で生命は誕生しました(*2)。そして、生物が陸上に進出した3~4億年前の時点で、いまの人類に受け継がれる「からだの基本構造」は、ほぼ出来上がっていました(例:食べ物の消化・吸収、心臓と血液循環、脳と神経 等)。

その一方で、肺や気管などの「呼吸器系」は、陸上に上がった生物が「付け足し」で獲得した、「新しい」内臓器官なのです。

生物が陸上に進出を始めた時点で、「(肺や気管などの)呼吸器系」以外の基本構造は、すでに30億年以上の進化の歴史を有していたことになります。対して、「新しい」内臓器官である「(肺や気管などの)呼吸器系」の進化の歴史は、そこから始まったのです(魚類の「えら呼吸」という原型は存在していたので、「ゼロ」からのスタートではありませんが、、)。

② 人類の「呼吸器系」は、進化の「途上」にある?

「消化器系」の進化の歴史が生命史と(ほぼ)同じ長さだとすれば、肺や気管などの「呼吸器系」の進化の歴史は、その10分の1程度に過ぎません。

したがって、人類が有する「呼吸機能」は、進化の「終点」などではなく、進化の「途上」にある。そう考えるほうが自然です。つまり、未だに進化・改良の余地がある、と考えられます。

この点について、同書では次のように記されています。

(前略)消化器系においても、原始的な無脊椎動物のからだにおいては、口と肛門は、同じだった。イソギンチャクやクラゲなど、食べたところから食べカスを排泄する。それが進化して、口の先が別に開通した穴へと抜け(つまり肛門)、いまのような消化器系ができた。そのような進化の歴史からすれば、入り口と出口が同じ呼吸器系というのは「遅れていて」、やがてはここも別の出口のある、新しいからだへと進化する日が来るのかもしれない。

同書, p158, 太字化は筆者による

「口・鼻から吸う・吐く」という陸上生物の呼吸も、これからの進化によっては、「口・鼻から吸って、別の場所から吐く」という形になるのかもしれません(そう考えると面白いですね)。

いずれにせよ、人類が有する「呼吸機能」には、まだまだ進化・発展の可能性が残されている(可能性が高い)。このように考えていくと、古来より、宗教家や行者たちが「呼吸」に無限の可能性を見出し、工夫と実践を重ねた気持ちを理解できたような気がしたのでした


【前編】はここで終わりです。
↓ ↓ 「後編」はコチラ ↓ ↓


【参考・引用文献(前編)】

(*1)大先生が祝詞奏上をなさるときの様子を、多田先生は次のようにお書きになっています。

 次の日の朝稽古は、植芝盛平先生の、神への敬虔な祝詞奏上から始まった。先生の高めではあるが、不思議なほど良く通る声は道場一杯に広がり、その響きは、並ぶ人々全てを包み込んだ。

『合気道に活きる』, p67

 植芝盛平先生の稽古に初めて出させていただいた時に感じたことは、先生の呼吸と共に道場全体が呼吸をしているように思えたことである。また、植芝盛平先生のお供をして回った時、先生の日常の生活は何処でもが道場になっているような気がした。

『合気道に活きる』, p244

(*2)出典:JAMSTEC「海と地球を学んじゃうコラム」



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