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埼玉県深谷市への恩返し

 私の父であり愛鶏園グループの2代目の社長であった齋藤富士雄が、埼玉県深谷市櫛挽に家族を連れて移住して50数年が経ちました。私は1歳半だったのでもちろん記憶はありません。

 その当時の昭和30年代後半、神奈川県相模原の養鶏団地はニューカッスル病という鶏の感染症が大発生し混乱のさなかにありました。若い養鶏家であった齋藤富士雄はニューフロンティアを求め、精力的に関東中を探し回りました。そして深谷市櫛挽に辿り着いたのです。

 櫛挽地区は深谷市南西部の広大な平地で農業生産地域です。戦後の食料増産等の国の大事業のために、「櫛挽ヶ原」と呼ばれた原野を開拓した土地です。齋藤富士雄は、相模原から来た若者である自分を受け入れてくれた櫛挽の開拓者たちへの感謝を良く口にしています。『愛鶏園があるのは櫛挽ヶ原が私をうけいれてくれたからだ』と。

 私たち愛鶏園は、櫛挽ヶ原、旧岡部町、そして深谷市の地域の皆さんのおかげで成長をさせていただきました。私たちはいつもそれに感謝をし、たまごを通して地域貢献をしていこうと社員一同心がけています。

そして、今回は目に見える形で恩返しをできる機会を得ました。国の取り組みである『ふるさと納税企業版』です。

 この制度を使用し、私たちは2023年9月末に深谷市の取り組む5つのプロジェクトから3つのプロジェクトに寄付をさせていただきました。そのことにより、深谷市の発展、農業の活性化、地域の子育て支援と食育の促進につながり、地域の方々に恩返しができたらと考えています。ひとつは、「渋沢栄一を核としたひとづくりプロジェクト」、2つ目は「農業の強みを生かした産業振興プロジェクト」、3つ目は「「ふかや」の魅力を生かした移住定住推進プロジェクト」です。

 愛鶏園のブランドビジョンには、『未来につながる社会貢献をする』があります。今回、それが目に見える形で実行できたことを私はうれしく思います。地域からいただいた力を糧に愛鶏園の社員が創り出した利益を地域に還元し、また、力をいただく。そんな好循環ができれば良いと考えています。

 改めて11月15日に小島市長に目録を贈呈します。市長に会えるのが楽しみです。



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