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染められた街

職場から歩いて行ける距離、それだけで住み始めたこの街。周りは田んぼだらけで車で数分移動しないと買い物もできない、決して住みやすい場所では無かった。
安いとは言えない家賃、夏には蜘蛛の巣だらけになるベランダ。二階の生活騒音がそのまま聞こえる、不便を言い始めるとキリがない。

洗濯物を取り込むために夕方ベランダに出ると夕日に染められていた。高い建物がないとまるで呑み込まれているようだ。昼間より少し冷めた風を浴びながら地平線に沈む太陽をただ見つめていた。

綺麗


思わずカメラのシャッターを切っていた。


綺麗と思う気持ち、楽しいと感じる感覚。この頃やっと湧くようになった。自然にあるもの、景色、髪を揺らす風もずっとここにあったのに。気に止めることができなかった。心がパンパンになって息切れがしていたから何も感じられなくて。


この夕日を素敵だと感じられた。


それだけで何歩も前に進めた気がした。ろうそくに火が着いたみたいに熱いものがこみ上げる。私は再び人間になれた。


家に閉じこもってばかりだったから、窓の向こう側に素晴らしい景色があることに気づけなかった。毎日沈む太陽が黄金色に染めることを忘れていた。目に移る夕日で元気になれた私がいた。


「綺麗と思えて良かった」

独り言をつぶやきながら部屋に戻って、コップに入った麦茶を一気飲みした。


田んぼだらけの街、何もない。少しだけ自然を感じられるくらいだ。



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