PM7:45 4
携帯がない生活は意外にも楽しいものであった。
家に行くまでの田圃の畦道。こんな風景だったっけ。街灯がその周りだけを飴色に染め上げる。さっきの出汁の色に似ている。気付けば雪はやんでいたし、星だって見える。冬の大三角。コイヌ座のプロキオン、オリオン座のベテルギウス、オオイヌ座のシリウス。それから、オオイヌ座のリゲルから始まる冬のダイヤモンド。御車座、ふたご座、蛇使い座だろうか。
要するにきれいなのである。月はない。風が吹いて細やかに、僅かにマフラーから出た耳をくすぐる。
寒さなんかなかった。
遠くに家の光が見える。まだ暫く歩かなけらばならない。左に曲がる。いつもの近道は通らないこととした。今日ぐらいはいいだろう。
帰ったら少しだけ心配された。でも、星がきれいだからちょっとだけ遠回りさしていたって言うことと、電車に遅れたっていうと納得してくれた。
後になって、お風呂入ることになってこのことに気づく。携帯がないこと言ってない!お風呂で動画見るために持って入ろうとしたら携帯がなくって家じゅうを探し回る。嫌な顔してる弟を「お姉ちゃんの勅命」で動かした。10分後、携帯に電話かけたり、GPS検索とかまあいろいろしてたら電車に置いてきたことを思い出した。お母さんからは呆れられ、弟からはお菓子をとられた。まあいいや。
思った以上にお風呂も退屈ではなかった。
窓から見える星がきれい。風に揺れる裸樹の音が心地いい。弟が彼女と電話している。お母さんが料理している。お父さんは疲れてソファーで寝ている。なんだかその寝息さえも聞こえてくる気がする。おばあちゃんの編み物の音は聞こえないけれど、さっきくしゃみしてた。くしゃみの音が相変わらずかわいい。本人は骨折したらいけないからくしゃみしたくないらしいけれども。
「明日映画楽しみだね。・・・えー気づいてないんじゃないのかな。大丈夫。お姉ちゃんには適当に言っとく。・・・・ホント?分かるものなの?・・・声大きいの?・・・(分かった気を付ける)」
大丈夫。最後までしっかり聞き取ってます。
いつもは確かに気付いてなかったかもしれない。少なくとも最後の声は聞き取れなかった。でも、弟よ残念であったな。今宵の私はイヤホンをしていないのであります。聴力かて今は天下無双状態であるのです。後でしっかりとし調べをしておこう。ついでにお菓子も取り返そう。お気に入りのコアラのマー千。
何作ってるのかなぁ。
包丁が俎板をたたく音だする。何かを茹でている。
何だろう。
聞いておけばよかった。
最近変わったな。ってお父さんから言われたっけ。そういやお父さんにはしていなかった。付き合い始めたことも、別れたことも。今の状態のこの体を見たあの人。好きだった、あの人。結局何もなかったあの人。
言っておいたほうがいいだろうか。
いきなり驚かせても意味はないか。
元来そういうことを聞くと不機嫌になる。親公認が世間の一般と、理想と思っている。言う前のドキドキとか、ギリギリの会話とか、味わわせてほしい。
お母さんはその点について違っていたのだろう。別れた時に言った。
「そうなのね。まあこんなこと言ってほしくはないでしょうけど、そんなところだと思ってたわよ。こう見えて、私はあんたの親としてプロなんで。」
っていやそんなにすがすがしい顔する?ってぐらいに言い切られた。
いい人なのだ。
台所から洗面所、脱衣所を伝ってお風呂まで匂いが来る。
・・・・・!
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