隙間なく窮屈そうに茂る樹木たちの中をまるで満員電車から降りるように掻いくぐってなんとか抜け出すとそこには温泉。秘湯である。
老爺がひとり気持ち良さそうに、鼻汁たらして浸かっているのが見える。
「いいですねえ」
 声をかけるともなく呟いたら、老爺は幸せ顔をそのままこちらにくれた。
「ぼくもお邪魔してよろしいですか」
 二言目が漏れていた。
「まああなたがね、入りたいっていうんならね、止めませんね」
 ぼくは早々裸になると飛び降りるように両足から入り一気に肩まで浸かった。「気持ちいい……」と心の呟きを用意していたのだが意表外な感覚が走る。ほの冷たくとろりとした肌触り。不思議と不安の間からじわりと出た汗が湯に混じる。
 訝しむ表情を向こうへやると老爺は「これこれ」という風に自身の鼻を指さし、そして、湯をさした。

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