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いつか見た風景 73

「進化の宝庫の裏庭で」


 不老長寿の秘薬として有名な冬虫夏草ってのがあるだろう。キノコが昆虫に寄生して合体するアレよ。名前の由来はさ、冬の時期は虫で夏になると草に変身するからなんだって。見た目がまるでエイリアンのような奴もいるけど、もしかしたらまだ何かの進化の途中なのかも知れないな。

                スコッチィ・タカオ・ヒマナンデス



 冬虫夏草はチベットに生息するオオコウモリガの幼虫に寄生する奴が漢方で有名だけど、他の地域でも同じように蛾とか蜘蛛とかセミに合体する奴が色々いるんだって。驚いた事に日本は冬虫夏草の宝庫で、これまでに約400種も確認されているらしいよ。アンチエイジングの効能が高いから大昔は秦の始皇帝や楊貴妃なんかも財を投じて必死に探していたのにね。

 免疫系の増強とか抑制効果が絶大とか、肺や腎の病には特に効果を発揮するとか、近年色々と研究が進んでいるらしいんだけど、私は全く違う視界でアプローチをしているんだよ。つまりさ、進化だよ、進化。我々の想像を超えるドラスティックな彼らの進化のベクトルを、人間の勝手な都合で中途半端に止めちゃってるんじゃないかって、むしろ私は心配しているんだよ。何事もその先が知りたいからね。

「タカオちゃんか?」
「そうだけど、誰だお前は?」
「忘れたのか?」
「忘れたって、分かんないな、顔隠してたら」
「顔、見るか?」
「えっ?」
「顔、見たいか?」
「何だよ、その言い方は」
「だからさ、顔見たいかって、聞いてるんだよ」
「み、見たいけど、何か嫌な感じだな」
「見ても驚かないか?」
「おい、驚かすつもりだな」

 いつもの散歩のルートを少し変えて図書館の脇の雑木林に足を踏み入れていると、薄暗く湿った木々の根元の辺りから見慣れないキノコがカサカサと音を立てて揺れていた。次の瞬間に奴が器用に木を登り私の目の高さまでやって来た。

「本当に見ても驚かないか?」と奴が私に念を押す。「約束は出来ないけど、努力はしてみるつもりだよ」と私は答えた。キノコが振り向くと、予想通り私は息を呑んだ。コ、コイツ、アレじゃないか、アレ、何だっけ、アレだよ。私が思い出せないでいると、奴が薄笑いを浮かべながら言った。「久しぶりだね、タカオちゃん、オレだよ、去年の暮れに逃がしてくれたろ、殺さないでさ、外は寒いけど元気でなって、声までかけてくれたじゃないか」

 思い出したよ。確かにそんな事があったな。リビングの壁にゴキブリみたいに大きな蜘蛛がいたから正直迷ったけどさ、やっぱり殺生は良くないからね。それにしても随分と見違えたな。ジャマイカ辺りにいそうなラスタヘアの新種のエイリアンみたいじゃないか。


「マジックマッシュルームに寄生されちゃったの?」


 なるほどそう言う事か。マジックマッシュルームに寄生されたのね。トリプタミン系アルカロイドのシロシビンやシロシンなんか含んだ菌類だからさ、幻覚作用とかあってヤバイんじゃないのって聞いたらさ、大丈夫、ジャマイカに辿り着くまではお互いに協力して頑張ろうって事になったんだってさ。キノコの奴は久しぶりの帰省とかでさ。あっ、コレ、ダジャレじゃないよ、帰省も寄生もどっちも久しぶに変わりはないようだけどさ。でさ、私の友人の蜘蛛の方は何でもレゲエ音楽界の新たなアイコンになる夢が突然芽生えたそうなんだけど、やっぱりちょっと心配なんだよね。キノコにまんまと洗脳されちゃたんじゃないかってさ。

「それにしてもタカオちゃん、詳しいじゃないか、キノコの事…」
「いやまあ、たまたま今さ、図書館で見てたのよ、暇つぶしにさ」
「じゃあやっぱ、タカオちゃんもトリップしたいって感じなの?」
「いやいや、私の場合はジャマイカに旅行の予定はないけどさ…」
「じゃあ何で…」
「どっちかと言えばアンチエイジングの方かな」
「失礼だけど、今更?って感じじゃないのかな」

 ラスタヘアの蜘蛛の奴が私の顔をまじまじと眺めている。ちょっと失礼な感じで。気のせいか奴の目は少しトロンとしていて、何か悪いクスリでもやってる様に潤んでいる。眼球は小刻みに揺れていた。面倒くさいと思ったけど、こういうタイプは邪険にすると逆ギレって言う奥の手を繰り出してくるのが常だから、私は我慢して丁寧に説明した。記憶のアンチエイジングを図ろうと、図書館で色々と文献を探っていた事を。


「図書館は進化の宝庫だからね。寄生の効果はまだ研究過程だけどさ」


 その後は奴ともう一度図書館に戻って、どうやったらジャマイカにすんなり渡航できるか色々と調べまくったよ。ビザはいらないけど、とてもじゃないが普通に搭乗は出来そうもないからさ。快適な空の旅は諦めないとね。私が提案したキノコ好きのパイロットをSNSを駆使して探すってのは良いアイデアだったんだけど、奴がどうしても美人のキャビンアテンダントに固執しちゃってさ。だから言ったんだよ、薄汚いラスタヘアの蜘蛛顔が好みだって女性と出会うのは、キノコと合体した昔馴染みの蜘蛛と再会するより格段に確率は低いはずだってね。

 夕方になって外が暗くなり始めていたから、取り敢えず今日のところはウチに泊まればいいよって私の方から誘ったんだ。柄にもなく最初は遠慮なんかしてたけど、やっぱり夜はまだまだ寒いからって素直について来たよ。コンビニに寄って奴が好物だって言うチーカマを買ってさ、それで、もう直ぐウチが見えるって交差点で奴が思い出したように話しかけて来たんだよ。私の上着のポケットからちょこっと顔を出してこう言ったんだ。「あのさ、忘れないうちに言っておくけど、色々さ、ありがとうな」って。


「進化の先の未来には一体何が待っているのか?」


 その日の夜は奴と二人で久しぶりに美味い酒を飲み交わしたよ。チーカマと私が用意した刺身や漬け物とね。そうそうコンビニでさ、ポルチーニの冷凍パスタを見つけたけど、やっぱりさすがにちょっと不謹慎かなって思ってさ。飲みのシメ用には鍋焼きうどんの方を選んだよ。そうそう、飲みながら色々話したんだけどさ、奴の話で面白かったのは図書館周りの知られざる生態についてだね。

 図書館の周りにはさ、自ら進化を求めてさ、色々な種が集まって来ているらしいんだよ。特に周りに公園とか雑木林とかある場所にはさ、目を凝らして良く観察すると、いるらしいのよ。奴のような奴らがさ。つまりさ、進化の宝庫の裏庭に私のような迷える種がさ、吸い寄せられるように集まって来るんだってさ。

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