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いつか見た風景 19

「枯れ葉に化けた魚たち〜或いは勝手な記憶の擬態や増殖〜」


 物事には、始まりがあって、始まりがある。終わりなき旅路は、出口のない人生のようだ。私の日常はこのような構造で成り立っている。さらに、真の私の人生は、このような構造から解き放たれた瞬間に姿を現したりする。

                スコッチィ・タカオ・ヒマナンデス


 理屈って奴は粘土みたいなものだなと私は思った。こうして手で捏ねているうちにどんどん形が変わってしまう。そもそも最初がどんなだったか思い出せなくなっていまうからね。

 ところでリーフフィッシュという魚の存在は知っているだろう。木の葉に擬態した珍しいアマゾン生息のこの小さな魚は、観賞用としても昔は日本でも人気があったからね。まるで落ち葉のような茶色い枯れた葉っぱが水面を泳ぐ姿は不思議と言うより滑稽で、ハナカマキリやナナフシのような昆虫たちと同じように、天敵から身を守り、同時に食料を捕食するために進化した魚なんだ。だけど実はそのリーフフィッシュたちは魚の木(フィッシュツリー)と呼ばれるアマゾン支流の川岸の低木の中で成長して、月夜の晩に枯葉の姿で川に落ちて来るんだよ。


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 先週私はブラジル北西部アマゾナス州の小さな国境の町タバチンガにいた。 コロンビアとペルーとブラジルの3つの国境が交差する町で、何よりここではコロンビアのレティシアやペルーのサンタロサへ出入りするのにパスポートがいらないからね。ソリモンエス川の浮桟橋に停泊しているマナウス行きのハンモック船の大きな冷蔵庫の前で私は目が覚めた訳だけど、そうそう前にも話したけど世界中の冷蔵庫は世界のどこかの冷蔵庫に繋がってるからね、ここまで来るのもさほど大変じゃないんだよ。

「タカオさん、この船ダメよ、大きいね、大きいからフットワーク悪いよ」とサンデー・クワンベが大きな目を更に大きく見開いて私に向かって言って来た。サンデーは若くはないが私ほど老いぼれてもいないアルジェリアのオグン出身のヨルバ族の男で、私の家の隣に新しく建設される高層マンションの工事現場で彼が働いていた時に偶然知り合った。若い頃のサンデーはスペインだかポルトガルだかの貿易船に乗って中南米辺りによく行っていたそうだ。彼の言うことを信じるなら、サンデーの家系は元々シャーマンで、だから色々と不思議な力を持っているんだそうだ。自分が船乗りになったのは神様からそういうお告げがあったからだってサンデーが自慢げに言うから、じゃあ何で今は日本の建設現場なんかで働いているんだって聞くと、それは秘密だけどいつか話してやってもいいって言っていた。「だからね、あっちの小型のリバーボートに早く移って下さいよ、タカオさん、聞いてますか?」

 この川を下り、途中でネグロ川に合流しアマゾンになる。マナウスまでの3泊4日の寝床用に吊るしてある色とりどりのハンモックの間を通り抜け、とにかく下船しようと張りの悪いガタガタの床に私の相棒の歩行器の奴が悪戦苦闘していると、若い女性の手がハンドルを握る私の左手に重なって来た。彼女の顔を見ると私のお気に入りの金曜日のヘルパーさんにどことなく似ている。ショートカットに涙袋のカタチがそっくりだったけど、よく見ると現地のネイティブに違いなく、肌は浅黒く体全体もかなりグラマラスだった。アイ・ウィル・ヘルプ・ユーと言って、可愛らしい笑顔で私の体を優しく支えてくれた。「タカオさん、紹介するよ、マンデーさんね、レティシアに住んでるティクナ族の娘さん、フィッシュツリーのこと、よく知ってるね、マンデーさん、だから、案内頼んだよ」


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 マナウスに向かう大型船では途中でアソコに寄ってなんて都合よく行かないからって、私とサンデー・クワンベと、金曜日のヘルパーさんに似たティクナ族のマンデーさんと一緒に小型のリバーボートに乗り込んだ。ボートは船頭さんと私たち3人だけだったけど、お互いの距離が思ったより近くて少しばかり気まずい雰囲気が漂っていた。ところで私がサンデーに頼んだのかな、魚の木を一度見てみたいなんて。まあいいさ、それよりこの空気、何とかしないとな。

「マンデーさんって言ったかな娘さん、お前さんは私の知り合いのフライデーさんに良く似ているんだよ」と私が思い切って口を開いてみた。するとマンデーさんが「その方はタカオさんと、どんな関係なんですか?」なんてちょっと意味深な笑みを讃えて返して来たものだから、私は慌てて「いや、まあ、私のお気に入りと言うか何と言うか、別に特別な関係と言う訳では、いや特別と言っても差し支えないのかな…」としどろもどろ。すると気を利かせたサンデー・クワンベがタイミング良く話題を変えた。「そう言えばですね、皆さんお腹空いたですね、寄りましょうか、ベンジャミン・コンスタン、アソコならきっと食堂ありますから、美味いナマズの唐揚とか、リーフフィッシュサンドとか、出す所きっとありますから」と言って、素早く行き先の変更を船頭さんに伝えている。

「ちょっと待ってくれよ、私は魚の料理が苦手なんだよ、トンカツとか牛丼とかはないのかな、そのベンジャミン・ナントカには」


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  月夜の晩に降って来る

  魚の木から降って来る

  枯れ葉に化けた魚たち

  一網打尽で見せ物に


  老いた枯れ葉に化けたから

  狭い水槽入れられて

  右往左往の人生を

  ここで送らにゃならんのか


  ご自宅みたいにゆるりとね

  お過ごし下さいいつまでも

  ショートステイもOKです

  安心安全清潔な

  あなたに寄り添うサービスを

  いついつまでも楽しんで


  いついつまでの人生が

  いついつまでの思い出と

  すれ違ったり離れたり

  月夜の晩に戻ったり

  魚の木から降って来る

  枯れ葉に化けた魚たち


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