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『饅頭と蕎麦』/掌編小説

冷めた茶ほど不味いものはない。それが彼の口癖だった。

いつもの湯呑みにあつあつのお茶をたっぷり注ぐ。
「うまいなあ。うまい。茶ぁはあつあつに限るねえ。ぬるくっちゃいけねえや。なあ?」
彼の江戸っ子風の話し方が好きだった。
生まれは上州、下戸で賭け事も遊びもしないまじめな人だったけれど。
彼はどこに行くにもセンスを持ち歩き、夏は毎日雪駄だった。
「おらあこれがいいんだ。これがよ、たいそう粋じゃねえか。なあ?」
おまんじゅうが大好きで、おいしい温泉まんじゅうなどもらった日には一日中大喜びだった。
「おらあそばっ食いだからよ」
お蕎麦も大好きだ。
「そばあ細くなくっちゃいけねえよ。なあ?コシもあってつるつるってえとかきこんで、粋じゃねえか。なあ?」
もう問いかけてくれる彼はいない。
なんでも急に、死神が見えるようになったから医者になるって地元を飛び出していった。元気でやってるといいなあ。




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