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【連載小説】「緑にゆれる」Vol.62 第七章


 たくさんの階段を上って、頂上までたどりついた。

 遠くに水平線が見える。表の神社は、もう少し小さい頃お参りに来たことがあったけど、頂上は初めてだった。
 しばらく、その風景に見とれていた。

「何年ぶりかな」

 ふいに、カケルさんが言った。ふと隣を見ると、カケルさんはサングラスを外して、ずっと遠くを見ていた。

「昔、お前のお母さんと来たな」

「えっ?」

 その続きを聞きたい、と思ったけれど、カケルさんはすぐ、またサングラスをかけて歩き出したので、タイミングを失ってしまった。

 追いかけながら、考える。やっぱり、お母さんとカケルさんは、昔何かあったんだろうか、と。つき合ってたんですか? という奈美さんの言葉がよみがえる。そんなことをごちゃごちゃ考えているうちに、目の前に大きな岩が現れる。本当の大きさがよく分からなくなるぐらい大きな、二つに割れた岩がそそり立っている。

「見ろ、すごいなー」

 圭は、ただ圧倒されてその場にたたずんだ。さらに、息を切らしつつ、道をたどっていくと、下り道になった。海が見える道に出て、さらに行くと、岩が大きくけずれた穴が見えてきた。

「わぁ、何、ここ」

 前まで来て立ちすくんでいると、カケルさんが振り返りつつ言った。

「岩屋だよ。洞窟になっていて中に入れるんだ」

 中から、少し冷たい風が吹いてくる。吸いよせられるように、一歩、二歩、と中へ入った。

「お前、一人で行ってこい」

「えっ? また?」

 どうしてだろう、といぶかしがっていると、ナップザックのあちこちからかき集めたらしい小銭を圭の手に握らせた。そして、こそっと耳打ちした。一人分ぐらいしかないから。
 そういうことか。
 カケルさんは、ばん、と圭の肩に手を置いて、大丈夫、お前なら一人で行ける、と言った。

 圭は、黙って岩屋の受付まで行った。お金を払うと、火が灯ったろうそくを渡された。これを持って、真っ暗な洞窟へ入っていくのだ。ぞくぞくとも、わくわくともつかない気持ちが、足元からはい上ってきて、圭の背筋をぶるっとふるわせた。正直、暗いところも怖い話も、苦手なのだ。だけど、お前なら行ける、とカケルさんは言った。何の呪文か知らないが、その言葉が圭の足を奥へ奥へと向かわせた。

 洞窟の中は、湿っていて、ひんやりしている。先を行く人の背中が、黒く熊のように左右に揺れる。その影も、ろうそくの火に照らし出されて、大きく揺れる。圭は、かすかにつばを飲み込む。奥には、池があって、池の中には石で作られた龍神がいた。
 不思議と、怖さは消えて、圭は、ただ立ちすくんだまま龍の神様を見た。洞窟の水滴に濡れて、つやつやと光っている。龍の近くには、太鼓が置いてあった。カケルさんが言った通りだった。

 いいか。その太鼓を見つけたら、願い事を祈りながらやさしくゆっくり二回叩くんだぞ。龍が二回とも光ったら、願いはかなう。一回だけ光った場合、願いは半分かなう。二回叩いても光らなかったら、願いはかなわない。分かったか。
 カケルさんは、神妙な顔をして圭に言い含めた。圭も何だか緊張して、つばをごくりと飲み込んだ。

 おれは行けないから、お前ひとりで願ってくるんだぞ。

 その言葉が耳に残って、何かカケルさんの分まで願わなくてはいけないような使命感にかられた。

 圭は、慎重に一回、太鼓を叩いた。やさしすぎたのか、願いが届かなかったのか、龍は光らなかった。

 あっ、というより、願い事を心の中で言うのを忘れていた!

 圭は、取り返しのつかないことをしてしまったかのように、青くなった。
 今度こそ。圭は、手の平を大きく広げて、後ろへひいた。

 ぼくと、お母さんと、それからカケルさん、みんなが幸せになりますように。

 太鼓の音が鈍く響いた。龍が、妖しくピカッと光った。ひ、光ったぁ。力が抜けた。何だかぼう然としてしまい、その場に座り込んでしまいそうになった。

 無事、岩屋の奥まで行って引き返し、外へ出てくると、カケルさんは鉄の手すりに体を預けて、海を見ていた。圭が隣に駆け寄ると、行ってきたか、と言って軽く圭の頭をなでた。
 歩き出しながら、願い事はかないそうか、と聞かれたので、うん、と言ってから、半分だけ、とつけ加えたら、それはいいな、と言って少し空を見上げて笑った。どうして、と圭が聞き返すと、だって全部かなっちゃったら、つまらないだろう。半分だけかなうなら、あと半分、それを目指してがんばればいい。しかも半分はかなってるんだから可能性はゼロじゃない。ほんのり希望もあって、ちょうどいい。
 圭は、気持ちよさそうに海からの風を受けているカケルさんの顔を見つめた。カケルさんの言葉によって、願い事を言https://note.com/aiai_story/n/n4628d4d2b53aい忘れたまま叩いた一回目のことは、帳消しになったような気持ちになった。

 言葉って、不思議だ。気持ちまで変える。

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