見出し画像

【連載小説】「緑にゆれる」Vol.47 第六章


「これは……」

 それから、カケルの顔と画面を見比べて、微笑した。

「いいもの、見ましたね」

 うん、と言ってから、ビデオカメラをしまった。

「私も、見てみたかったな。きっと、圭に見せたらすごい興奮すると思う。あの子、虫、好きだから」

「そうだな」

 どんな反応をするだろう。帰ってからの楽しみに、少し顔がにやついてしまう。

「その寺の庭。自然が、草や木が、物凄く生を謳歌してる、って感じで。なんか、そういう風に感じたのは、初めてだった」


 しばらく、二人で黙って食べた。
 背景に聞こえていたテニスの球の音も、いつの間にか止んでいた。そろって昼ごはんにでも出かけたのだろう。

 静かな葉と葉がふれあう音だけがする。

 ふいに、美晴が言った。

「……彼は、植物を研究する人でした」

 控えめに、でも思い切って打ち明けるような声だった。

「鎌倉に流れ着いたとき、周りにいろんな草木がうわぁっと生えていて、何だか、彼が近くにいるような気がしました」

 彼女は、遠くを見ている。

「だから、ここにしよう、って決めたのかも」

 美晴は、頭上の木を仰ぎ見て、目を閉じた。

 その静かな横顔をぼんやり見つめた。思っていたより、まつ毛が長いんだな。そんなことを考えながら。

「本当いうとね」

 彼女は、ひざを抱えなおして、再び前を見つめた。

「圭がおなかにできたとき。一瞬、ほんの一瞬だけ、おろそうかな、って思ったの」

 周りの音がすべて消えて、無音になった気がした。

 言ってしまった。美晴は、真一文字に固く口を結んでいる。真っすぐ前を見つめる瞳に、哀しみの光がゆっくり宿った。

「でも、それがちょうどもみじがきれいな季節で。都内の公園で燃えるような赤いもみじの葉っぱを見ていたら、何だか勇気がわいてきた。
 わたし、もう、一人じゃない、って思ったの。だから、生もう、って思った」


Vol.46 第六章 へもどる)    (Vol.48 第六章 へつづく)

読んでくださって、本当にありがとうございます! 感想など、お気軽にコメントください(^^)お待ちしています!