偽神の帰還 - 第三章「深淵への誘惑」
信仰は、暗闇の中で自分だけの星を見つけるようなものだと思っていた。
しかし、彩香を見ると、暗闇で見つけた星なんてくだらないものだと思えてくる。彼女は美しいだけでなく、何か神秘的なオーラを纏っている。広介の心を引き寄せる、強力な磁石のような存在だった。
彩香自体にも彼女自身の信仰心があり、それが広介の心に深く響いていた。広介はその信仰心を持った彩香に心酔し、彼女が教団の一員であることによって、自然と教団にも興味を持つようになった。
「広介、私たちのこと、外の人には話さないで。」彩香の言葉は広介の心に突き刺さった。彩香は神秘的に微笑み、広介の心に深く響く。それは特別な要求だった。特別だ、と彩香が言ったその言葉が広介の心を躍らせた。広介は自分が特別だと感じ、彩香と共有する特別な絆を感じるようになった。
「あ、ああ、そうします。」広介は頷いたが、内心、彩香とこの密会の存在自体を外部に漏らすことなど考えられなかった。
彼女の周りでは常に何かが起こっているようで、広介はそれに魅了されていた。それは教団の教義についての深遠な話題であったり、まるで詩人のような比喩を用いて人生を語ったり。それが全てが広介にとっては新鮮で、魅力的で、彩香自身への憧れを深めていくこととなった。
彩香の笑顔はその場にいる人々を惹きつけ、その魅力に酔いしれていた。彼女の唇からこぼれる言葉は何事にも動じない信念を感じさせ、それが広介には特別な何かを感じさせた。彼女の目が一瞬、広介を捉えた時、その表情はまるで彩香が広介に何かを伝えようとしているかのように見えた。
「信じられない...彩香って本当に美しいんだ。」広介は心の中でつぶやいた。それは、彼が感じている彩香への畏怖と同じものだった。そして、その瞬間、広介は深淵に立っている自分を感じ、彩香の美しさと力に引き込まれていく自分を見た。
ある日彩香から教団のリーダーと面会の機会があることを伝えられた。
教団のリーダーである松浦は、教団内では「パラマハンサ」と呼ばれ、それが実質的な名前となっていた。パラマハンサは教団の信者たちの中で神々しい存在であり、その声には深遠な響きがあった。普段は彩香と共に教団の活動を行い、彩香の美しさを引き立てる背景のような存在だったが、実際には彩香を教団の顔として利用していただけだった。
彩香は広介に向かって微笑み、パラマハンサの存在を指し示した。「あの方が、私たちの教団のリーダー、パラマハンサです。一度話を聞いてみてはどうでしょう?」彩香の誘いに、広介は何も考えることなく頷いた。彩香に導かれ、広介は初めてパラマハンサの前に立つこととなった。
パラマハンサの深淵のように澄んだ目と、聖者のような佇まいに広介は心を打たれた。
「彩香に感銘を受け、我々の教団に足を運んだこと、それは必然の流れだったのだと思う。」彼の声はゆっくりと、しかし確かに響き渡り、その言葉一つ一つが広介の心に深く刻まれていくようだった。
広介はそれまでの自分の価値観があっという間に崩れ落ちるのを感じた。パラマハンサの言葉は彼の心の中に新たな視点を植え付け、それが彼自身の信念となっていった。
パラマハンサは彼の瞳をじっと見つめながら言った。「信仰とは、人間が己の中にある最高の理想、最も深く、強く求めるものへの情熱的な希求だ。それは自分自身を高め、他者への理解を深める。私たちはそれを追求するためにここに集まっているんだ。」
広介は、この教団が彼が探し求めていたものであることを確信し、彩香に更なる敬意と感謝の念を抱いた。彼女は自分をこの場所へと導いてくれた救世主であり、信仰の対象であり、彼が求めていた真実をもたらしてくれた存在だった。
そうこうして広介の信仰心は日に日に深まっていった。彩香は彼の心に新たな世界を開いてくれた、輝く道しるべであり、パラマハンサはその道を具体化し、解説してくれる存在だった。
そうこうして広介の信仰心は日に日に深まっていった。しかし、その信仰心は教団へのものではなく、彩香への心酔であることを、教団のパラマハンサは見抜いていた。
ある日、広介は教団の集会で初めてパラマハンサと直接会話を持つ機会を得た。広介はパラマハンサの前で自身の信仰心について熱く語った。しかし、パラマハンサは微笑みながら広介の話を聞いていた。
「広介、君の熱意は感じるが、その信仰心は彩香への心酔だ。だが、君の中に非凡な才能があるのも確かだ。教団の中枢に入る人間に必要なのは、信仰心ではなく欲なんだ。信仰心が強すぎると、常識を失ってしまうからな」とパラマハンサは言った。
そしてパラマハンサは広介に提案した。「広介、君はその資格がある。どうだろう、直属の部下にならないか?」
この出来事は、広介にとって信仰心に対する新たな視点を与えた。そしてそれは、彼の信仰に対する捉え方を一変させ、自分自身の心の中で深い変化を引き起こしたのだった。
その後、広介はパラマハンサの直属の部下として教団内での地位を確立し始めた。彼の新たな立場は、彼が信仰心ではなく欲を以って教団の中枢に立つことを可能にした。それは、彼が信仰の道を進む上で得た新たな視点を強固なものにした。
また、広介がパラマハンサの部下となったことで、彩香との関係も変わり始めた。彼女は依然として広介の心の中で特別な存在であったが、広介がパラマハンサの部下となったことで、彩香に対する広介の心情にも変化が生じてきた。
だがその一方で、広介は自分がパラマハンサの部下となったことで、彼女との関係が一層難しくなってしまったことを感じ始めた。それは、彼が教団内で新たな地位を手に入れたことで、彩香との関係が以前のような単純なものではなくなったからだった。
しかし、パラマハンサから教団の内部への道を開かれた広介は、自分が何者であるか、何を求めているのかについて深く考え始めた。彩香に対する心酔が薄れ始め、彼は自分自身と向き合うことになった。
「彩香に心酔することが私の信仰だと思っていましたが、それは違うようです。パラマハンサさんの教えから、欲が信仰心よりも重要だということを理解しました。私は彩香に対する心酔を通して自分自身を理解し、欲を追求することで、初めて自分が何者であるかを理解し始めました。」
こうして、広介はパラマハンサの部下として、教団の中枢で働くことになった。彩香に対する心酔が薄れ、彼自身の欲望が増すにつれて、広介の中に新たな信仰心が芽生え始めたのだ。これが広介の信仰の道の始まりであり、彼がグロテスクな化け物として孵化する瞬間への布石となる。
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