見出し画像

個人的なライフイベントに関しての共有

こんにちは。プライベートな内容となりますが、実は、2023年1月に入籍させていただきました。

Facebookでも報告しています。(一部文章が重複することをお許しください。)

これまで慌ただしい仕事中心の日々の中、新しい人間関係を作る時間がおろそかなっていました。(新しいどころか既存の人間関係すらキープできていない…)結果的に仕事最優先で生きていると、私生活は二の次とどんどん自分のことは置き去りになるわけで、ここにきてさらに仕事柄女性経営者という特殊なお仕事スタイルや仕事へのスタンスを理解されることは難しいこともあり、生涯独り身かも…とうっすら思っていた時期もありました。

身内複数名からは「結婚することになった」と話したら、「生涯独身だと思っていた….」などと言われましたので、自他ともに間違いなく上記の認識で途中までは着実に進んでいたのだと思います汗

一応、補足すると、何も「独り身人生」が悪いということではなく、むしろ独り身でも性格・性質的に自立していて、パートナーがいなくても(というかいると、むしろ窮屈に感じるくらいで)一人で悠々自適に人生をエンジョイできるような方は、そちらがベターだと思います。

実際、いわゆる死ぬ直前まで仕事に打ち込み生涯独身を貫き人生を謳歌するココシャネルのようなロールモデルもあります。かつて、ああいった、とことん自立した自由な女性像もまた、クールだなあ、と思ったこともありました。

死ぬ直前まで一心不乱にファッションショーのことを真剣に考えて、自分自身はおしゃれにホテル暮らし(リッツカールトンだったかな)、なんてゴージャスで全てを手にした生活も、なんだか憧れるな、と笑

私自身、この34年間程度、ふらりと一人で仕事も兼ねて海外に行ったり、カフェを梯子してぼーっとしたり、女友達と遅くまで飲んだり、ひたすら音楽に没頭したり、読書しまくったり、一人でライブやカラオケなんかに行ったこともあるし、台風の日はちょっといいホテルに泊まったり、仕事を毎日オフィスで深夜23時以降までやったり、ホテルのラウンジで仕事したり、忙しくて面倒な時はウーバーイーツを頼みまくったり、挙句休日は疲弊して眠りまくったり….などなど、散々誰にも縛られない誰の目も気にしないような一人だけの自由気ままな人生を送ってきた自負もあります。

こうして独身貴族的に時間とお金を、マイペースに仕事や自分のためだけに使える人生もそんなに悪くはなかったんです。

けれども、この先「現実的には、どんな人生にしたいか」を自分ごととしてより深く考える機会がありました。

これはおそらく自分の両親の良好な関係性について目の当たりにしたのがきっかけだった記憶があります。

その結果、いくら仕事が忙しいとはいえ、いろんな体験をたった一人でするのではなく、ともに共有できる唯一無二の存在が人生を豊かにする上で、そして後悔のない人生のためにも必要不可欠なのではないか、と感じるようになったのです。

そして、ちょうどそんなテーマについて深く考えて、若干ネガティブになっていた当時、そうした漠然とした将来へのもやもやなどの思っていることをシェアした相手が、今の夫でした。

「私には両親のようにより良い関係性を誰かと構築していくことは難しいかもしれない」と当初は、思っていてそれについて彼と話していくうちに、「あれ、この人となら大丈夫かもしれない」と何故か思えてきたのですね。不思議ですが。きっと、自分よりも潜在的にポジティブなのだと思います。

タイミングとご縁が大事とは言いますが人生の中で、偶然にもたまたまそう思える方と出会えたことには、心から感謝しています。

ちなみに欧米などでは、いわゆるそうした家庭が多いと聞きます。例えばイベントごとやお祝い事、毎日の食事など常にパートナーや家族単位で行い、家族との時間をとても大事にする、といった具合です。

日本は残念ながら、そうした文化が薄れている..、というか、コロナで少しマシにはなったようですが、それでもまだ随分おざなりになっており、仕事中心になっているビジネスパーソンは特に自己中心的に家庭を二の次にし、結果身内との信頼関係さえも破綻してしまう、なんていう悲しいパターンが多いように感じます。

私の家庭は、海外的な考えにかなり近い、「家族単位で全てを考える感じ」の家庭重視のカルチャーだったように今思えば、思います。

いざ、自分が誰かと家庭を作るとなった時、一番影響されたのは、自分の今の考え方よりも、むしろこうした幼少期から学生時代などに体験から養われた固定観念、教育方針、価値観、いい経験・悪い経験も含め、そういう事柄でした。

今自分がどう考えるかよりも、「潜在意識の中に深く植え付けられた思考」..これに本当に大きく左右されるなあ、と実感しました。

ちなみに、私は、経営者なので、雇用されている側のように「休日や余暇は仕事について100%忘れていいわけは勿論ありません。

むしろ緊急時やトラブルにも備え、「いかなる時も仕事のことが頭になくてはいけない」、「一緒に働く人よりも、誰よりも会社のことを考えないといけない」そんな厳しい環境で長い数年間を生きてきました。

また、そういう経営者こそ、本質的に信頼され、長く活躍できる経営者になれるとも思っています。

私自身、日夜問わず、仕事に打ち込めるのは、その辺りへの理解があり、とやかくうるさいことを言わず、ただただ見守っていくというスタンスに加え、色々な面でサポートしてくれる人だったからこそだと感じます。

またそうして信頼をして見守ってくれる夫に対しても当たり前だとアグラをかくのではなく、尊重、リスペクト、心理的なケアを行うのはとても大事だと考えており、持ちつ持たれつが完璧に成り立ってこそ上手くいくのかなあ、と未熟なりに感じます。

ビジネスもプライベートも同様ですが、人間関係において「何かをしてもらって当たり前」とか、与えられた待遇や事柄に対して上から目線で「自分からはギブしないが、相手から取れる分だけ取ろう」という前提は、信頼関係を構築する上では、全く良い影響を及ぼしません。

つまり、相手から何かを奪おう貰おうとするテイカー側ではなく、むしろ感謝の気持ちを持ち、何かをしてあげたいと思えるギバー側に回れるようになってこそはじめて中長期的に良いパートナーシップを構築できるのではないかな…とふと思ったりする今日この頃です。

結婚してみての心境、そして何か変化はあったか?という点ですが、正直なところ現段階では、大きくはありません。むしろ驚くほど普通な日常の延長、という感じです。

特に私の場合は挙式や披露宴など何もやっていないので、一つの区切りというものを感じにくいからかもしれません。

ただ、子供こそいないものの自分とパートナーという二人だけの関係ではなく、両親や親戚などの意味合いも含めた一つの「家庭」という、小さなコミュニティが生成されたことにより、関わる相手が増えた(もちろんこれは、いい意味で)という点では、変わりました。

大切な女友達からお祝いしていただきました。

また、身近に関わる相手が増えたことで、お祝いの言葉や好意的な応援の言葉などをいただける回数も比例して以前より家族に加え多くなったことで、「ああ、たった一人で生きているわけではないんだなあ…」という実感や責任感が、独身の時よりも増したように思います。

そして身内など身近なコミュニティとの対話は、もちろんその関係性にも左右されますが、関係性が良好である限りは、自分の心・感情を豊かにしてくれるとても大事な要素であり、ありがたい存在でもあります。

というわけで、何枚か撮影した写真を掲載しておきます。※プライバシーの関係からお相手の写真やプロフィールは非公開とさせていただきます。


右顔と左顔の印象が驚くほど違うと言われます。


最後になりますが、利便性上ビジネス上の活動名を変えたり、仕事をセーブしたりする予定はなく活動面には特に変化はありません。

これからは、何気ない日常の些細な幸せに感謝をして、今後も謙虚な気持ちで生きて参ります。

行き届かないところも多くまだまだ未熟者ではありますが、より一層、公私共に実直に前向きに取り組めるよう頑張りますので、これからも応援とご指導のほど、よろしくお願いします。

松浦 愛


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?