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未来の自分に聞きたい。「老い」を楽しんでいますか?

「老い」とはなんだろう?

昨日よりも「心」や「身体」が育っている時を「成長」と呼び、たいていの場合、身体の成長のスピードに対して心の成長が追いつかなかったりする。

一方で、昨日よりも「心」や「身体」が衰退している時を「老化」。先ほどの成長とは逆で身体の老化に対して心の老化が追いつかなくなってしまうのが特徴で、これが結構やっかい。

年齢を重ねてくると、心は元気だけど徐々に身体がついていかなくなってきて「膝が悪くなった」「目が悪くなった」とか訴え始める。そうやって心と身体の状態にギャップが生じ始めると「老い」を感じるようになる。

さらに「老い」との戦いは身体や心の衰えだけでは無くて、それ以上に過去の「記憶」の重さに耐えることのような気がする。

過去の「後悔」という記憶にしがみついてしまい、なかなか次に目を向けようとしない。

「あの時ああしていれば良かった…、あの時は…、あの…」

たぶん壊れたテープレコーダーのように繰り返し始めてしまう。でも、そう考えるとすると、若い時の記憶が晩年の人生を支配するならば、今を苦しんでいるよりも、思い切って冒険をするのが良いと思う。そして晩年の人生を彩るような記憶をいっぱい作れれば、最新のオンラインストレージでも収まりきらないほどの記憶の「物語」が出来上がるのかもしれない。

なんと言っても年をとった時の最大の報酬は、自分を縛るものが無くなって「自由」になれるということだと思うから、今のうちに存分に時間をかけて記憶を紡いでいくことことから始められると良いかもしれない。

最近、僕は山歩きを始めたけれど山頂に登るまでの道程で、遠くの山々や道端の可憐に咲く花などの美しい景色が次々と開けてくるように、年齢とともに記憶を積み上げていくことで、美しい記憶に囲まれてこれまで見たことのない「物語」が開けてくるような気がする。

もしも10代の頃の自分が、老いた時の自分の「物語」を聞いて「ステキ」な老人だと感じてくれたなら、きっと素晴らしい人生だったのかもしれない。

なんか「老い」って素晴らしい気がする。

うーん、何となく漠然と不安に思っていたことだけど、「老い」について考えるほど、どうしても1つわからないことがあります。

数十年後の僕に聞きたい。今日よりも楽しい日々を過ごしていますでしょうか?

忙しくて一週間近く投稿を休んでしまいましたが、今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。




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