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【小説】醜いあひるの子 1話

放課後の職員室は以外と賑やかで、若干、居心地が悪い。
横を通り過ぎる生徒や教師が自分を笑いながら見ているようで、冷や汗が伝っていく。
『早く渡して下さい。お願いします!』と口で言えない変わりに視線で訴えるが相手はそれに全く気づく事なく作業を淡々と続ける。
5分程の作業ではあるが、待つ者としては苦行の時間、とも言えた。

トントン、とプリントを纏める音をさせ、納得した顔をした教師は漸く顔をあげた。

「んじゃあ屋嘉比、これを鮎川に頼む」

「…」

俯きながらも無言で少女は頷き、その相変わらずな様子に担任は苦笑いを浮かべる。
他の女生徒なら頭を撫でてやる(喜ぶので)のだが、彼女は触られるのが怖い事を知っている担任は手持ち無沙汰の手を自分の後頭部に持って行きガシガシと掻く。

「日が暮れるのが早くなって来たから気をつけて行くんだぞ」

そんな担任の思い等知らずに彼女は差し出されたプリントの束を受け取り、深々と頭を下げ、居心地の悪い空間から1秒でも早く逃げ出したくてプリントを抱き込むようにしてそそくさと職員室を出て行った。

少女の名は屋嘉比やかび智風ちかぜ
艶があり綺麗な黒髪をしているが、そんな綺麗な髪の毛も後ろで一つ結びで、顔は前髪で殆ど隠している。(貞子の前髪短い版と言えば分りやすいかもしれない)
その黒髪から覗くのメガネは何時の時代のか、と聞きたくなる程の瓶底メガネ。
また、目立ちたくないのに父親に似たお陰で170センチと身長があり、本人にとって悩みの種だ。
人の視線が怖い智風には迷惑なモノでしかなかった。
更に大きい胸と反比例するような細い手足のお陰で余計に引き立ってしまう。
『胸の大きい女は莫迦・やりマン』そう陰口を言われる事も少なくは無いし、『胸で挟んで欲しい』だの聞こえよがしに言われる事もよくある。
気の弱い智風はそんな現場に遭遇してしまっても何も言えずに俯きひたすら聞こえないフリをする。
そして胸が小さくならないか、と本気で悩んでしまうのだった。

幼稚園の頃からメガネを掛けていた智風は活発な子では無かった事も有り、虐めの標的にされた。
荷物を隠される・捨てられる・切られる・集団で囲まれ相手の気が済む迄悪口を言われる・仲間外れでグループに入れてもらえない等、転校する迄は日常茶飯事アタリマエだった。
高校生になったが未だに独りでお弁当を食べる所謂“可哀想な子”。
中学生の時、たまに気を利かしてなのか担任が遠足を休んでもいい、と言って来る事もあった。(しかし、親に心配させたくなく登校するのだが)
虐めに遭っていた事で余り人と関わるのが上手く無く、勉強が友達。
幸いというのか現在は酷い虐めは無いが、智風に率先して話しかける者は居ない。
なので、授業が終われば先生の託けで動くか、お手洗いに行くか、参考書を見ているか。
先生に話掛けられなければ、学校で声を発する事も無く下校する。
頭が良いだけでクラス長になっているが、半分は押し付けられ、渋々だ。
まぁ、ありがたい事にクラス長がしなければならない仕事等はもうひとりのクラス長・大河原おおかわらりょうという男子生徒が全てやってくれるのでする事は殆ど無いのだが。

しかし、そんな智風がクラスメイト・鮎川あゆかわ匠馬たくまの為に毎週水曜日と土曜日、彼の家に向かうのが仕事になっていた。
智風が通う高校は県で1・2を争う進学校。(入学出来るだけでも凄いのだが)
そんな進学校なのに何故、プリントを届けに通うのか。
入学した時から鮎川は人の目を引いた。
鮎川は長身で人当たりが良く、王子様のような風貌なので常に女の子に囲まれており、付き合っている女の子が毎回違うという遊び人タイプのヤツ。(あくまでも噂)
また、“鮎川と話をした事の無い女は居ない”と言われるほど、女とあれば誰にでも声を掛ける。(あくまでも噂)
まぁ、智風も入学式当日に声を掛けられたが、勿論、逃げた。(一応女と見られているのか、とも思いたかったが、冷やかしだったのだろうとあの事は忘れる事にしている)
鮎川に捨てられただの付き合い始めただのそういった浮いた話が毎日のように飛び交い、校長は頭を悩ませた。

『あいつは、我が校の恥』

学校の名誉の為と称し、校長自ら賭けを持ち出した。

『2年生の1回目の試験、15位だったらお前の我儘を聞いてやろう。その代り、15位以下の場合は即、退学』

入試もぎりぎりの点数で、合格。
その上、1年間、試験の点数は赤点(50点)を免れる点数ばかり。

“これで、悪性の癌が消える”

校長は心の中で高笑いを上げた。すると

『試験と、行事以外の日は登校しないでいいって事は出来る?それ、聞いてくれるんなら、賭けにのってあげますけど?』

鮎川は顔色を変える事無く聞き返した。
校長は少し考えたが“万年最下位のこいつが15位なんかに入れる訳が無い”と、首を縦に振った。

そして、迎えた2年生初めてのテストで鮎川は見事、12位という結果を出してみせた。
結果を見た校長は驚きのあまりデスクに額を打つけ、大きな絆創膏を3日程貼る事となり、生徒のいい噂材料となった。

試験万年1位の智風に対し、万年最下位の問題児、鮎川。
撤回、12位の鮎川。
同じクラスだけで、それ以外接点なんて無かった。
しかし、何を思ったか結果が出た日、鮎川が担任に頼み事をした。

『週2回、鮎川にプリントを届けて欲しい。ついでにノートも取って来て欲しい』と。

担任はクラス長の大河原に持って行くように頼んだのだが、『忙しいので無理』とあっさり断られてしまい、仕方が無く智風に白羽の矢を立てた。
担任からしても智風のノートはとても見やすい。
『屋嘉比以外、適した人物はいないんだ』と彼女に頭を下げたのだった。
“暗い彼女なら鮎川も手を出したりしないだろう”
ーーーまた、そんな思いを込めて。

一方、智風自身、鮎川の家に行くのは嫌いではなかった。
たかがノート、されどノート。
存在が無いように扱われている自分が人の役に立てるのだ。
その事がとても嬉しくて見やすいと言われるようにノートを取る事に勤しんだ。
また、智風が行くからと言って、鮎川は居留守を使う訳でも無い。
事務的な事しか話さない智風にも他の女の子と同じ笑顔を向けてくれ、10分程ではあるがアレやコレやと面白い話を聞かせてくれる。
初めて持って行った次の週からはお菓子を持って行け、と可愛くラッピングした菓子をくれ、ほんの少し鮎川に心を開きつつあった。
行く度に縮まって行く鮎川との距離感に嬉しくもあり戸惑いもあるが、プリントを届ける事は何となく役得感…いや、優越感で、ひと時の幸せ。
恋愛感情というのはよく分からないが、鮎川との時間は心地がいいものだった。


ガラガラ…。
進学校とあって生徒の下校は早いので、教室のドアを開けると既に生徒の姿は無く、静まり返っている。
人が居ない事にホッと胸を撫で下ろし、少しでも身長を小さく見せようと丸めていた背筋を伸ばす。
すると躰がバキ、ボキ、と嬉しいと言わんばかりの悲鳴を上げたのが分かった。

「ふぅ…」

ため息が出てしまい思わず笑ってしまう。

机の中から教科書・ノートを取り出し、鞄に入れ担任から受け取ったプリントをクリアファイルに挟む。
他の女子生徒のように可愛らしいクリアファイル等、智風は持っていなく色気もクソも無い塾の名前が入っているクリアファイルだが、初めて鮎川に渡した時に『真面目な屋嘉比さんらしくっていいね』と微笑まれた。
なので、自分はこれでいいのだ、と変わらずこのファイルを使うようにしている。
プリントを挟んだクリアファイルをカバンに入れ、

“今日こそは頑張って鮎川君の顔を見て話すぞ!”

心の中で握り拳を作った。

だが、途端に緊張し始め心臓が忙しなく動き始め、カクカクと機械のような動きをしながら、鮎川の家に向かうべく教室を後にした……。


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