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第81回 ローマの休日(1953 米)

 さて、本日11月22日はいい夫婦の日であります。今最もホットな夫婦と言えばあのやんごとなき方をおいて他なりません。

 あの結婚それ自体への評価は差し控えますが、やんごとなき方が愛を育むのは大変なのだなとこの手の騒動を見る度思います。

 というわけで、やんごとなき方の愛を描いた名作中の名作でお送りしましょう。まさかの『ローマの休日』です。

 誰もが知るオードリー・ヘップバーン演じるお姫様が公務に耐えかねてグレゴリー・ペック演じる新聞記者といちゃつくという、言ってしまえば何の事も無い話です。

 しかし、この映画は歴史上特筆すべき作品である事は議論の余地が無く、観ると幸せな気分にさせてくれます。

 監督は『ベン・ハー』以下七つのオスカーを持つ男・ウィリアム・ワイラー。脚本はこれで初めてのオスカーに輝いたアメリカに喧嘩を売った革命闘士ダルトン・トランボ

 単純な筋でありながら極めて高い完成度を実現させています。ローマの美しき街並みと道行くイタリア野郎の粋さたるや感動ものです。

 こんな甘ったるい映画がBLになるのかという心配は無用です。今回、私は極めて危険なナマモノに挑みます。トランボは言論の自由でもって法に挑みましたが、私は神に挑みます。

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真面目に解説

憧れのオードリー

 BLという主題を放り投げるのを承知で最初に言っておくと、私はオードリー・ヘップバーンが好きです。ペックより好きとこの際言っておきます。

 私がバレリーナに過大な憧れを抱くのも、多感な時期に本作に出会ってヘップバーンのスタイルの良さに心惹かれ、戦時中はバレエを踊ってレジスタンスの資金稼ぎをしたという浪花節なエピソードに感銘したのと無関係ではないでしょう。

 さて本題に戻ると、本作はパラマウント映画がイタリアで稼いだリラ(国外持ち出しが出来なかった)を活用するために低予算で撮られた映画で、あまり期待されていませんでした。

 当時としてはもう古臭いモノクロなのもその為です。ワイラーは後でその事を死ぬほど後悔したそうですが。

 なのでキャスティングも妥協に妥協を重ね、まずはグレゴリー・ペックの方が決まり、相手役は無名でもいいやというので探した結果、抜擢されたのがヘップバーンだったわけです。

 新人女優なので扱いには苦労したそうですが、そうだとしてもローマの休日が撮れたのですから安い買い物です。

特権には義務が伴う

 ヨーロッパの小国の王女アン(オードリー・ヘップバーン)が欧州各国を歴訪し、ハードな公務に嫌気がさしてローマの大使館を脱走する事からストーリーが始まります。

 改元の時に話題になりましたが、やんごとなき方は年中あちこちに顔を出さねばならず、何処へ行っても注目の的なので中々に大変なのです。

 公開当時のヘップバーンは24歳。そんな小娘が国を代表してヨーロッパ中を行き来しながら何万人もの観衆を相手に演説を何回もこなして夜は舞踏会とくれば、そりゃあ嫌気がさすのも無理からぬ話です。

 お姫様とただの女を行き来するアンの二面性が名目上はこの映画の根幹のはずです。難しい役がいきなり回ってきたものです。

ラッキーブンヤ

 かくして大使館を逃げ出し、道端で寝ていたアンをそうと知らずにたまたま拾ったのがアメリカの新聞記者のジョン(グレゴリー・ペック)です。

 最初は変な女に引っ掛かったと困惑していたジョンですが、やがて彼女がアン王女だと気付き、特ダネを作る為にローマの町を遊び歩くのがこの映画のほぼ全てです。

 何しろ世間知らずで自由と下々の楽しみに飢えているオードリー・ヘップバーンなので、段々情が移ってしまうのは当然です。

 当時ペックは売り出し中で、まだ若いので色気ムンムンです。こういうワイルドな田舎者に世間知らずのお姫様が惚れるというのは妙なリアリティがあります。

 何よりペックが選ばれて良かったのは、ヘップバーンの演技指導に大いに貢献した事です。他の役者だとこんな名作には仕上がらなかったでしょう。

 絶対に外せないのが有名な真実の口のシーンです。嘘つきが手を入れると食いちぎられるという口碑の残るマンホールの蓋ですが、ジョンが手を入れて叫び声をあげるのはアドリブです。

 つまり、ヘップバーンはあのシーンで素で驚いているのです。こうやってペックが世界的名女優に仕立てたのです。

スクリーンの妖精

 とはヘップバーンのキャッチフレーズですが、この映画ではカメラが重きをなします。

 ジョンは友人のカメラマンであるアービング(エディ・アルバート)に協力を取り付け、お姫様が絶対にしない事を色々やらせて写真に収めていきます。

 この一連の奔放で溌溂とした様がヘップバーンの真骨頂であり、美しいのです。

 注目したいのはアービングが使うライター型カメラです。これは「エコー8」という日本製の仕掛けカメラで、この映画のおかげで世界的に有名になった代物です。

 ところが、当時の日本製品というのは今とは逆に安かろう悪かろうで、ましてやライターにカメラを仕込むというのは無理があり、作中のように綺麗には映ってくれません。

 アルフレードは神父様の下で、トトもナポリ野郎の下できっとこの映画を上映したと思いますが、現実は映画より困難なのです。

現実は困難

 前述の通りこの映画はパラマウント映画がイタリアで稼いだイタリアリラを使うために撮られたわけですが、このリラに当時のイタリア社会の暗部が覗きます。

 何しろイタリアは実質敗戦国であり、当時の経済的混乱は大変な物でした。ジョンが新聞社に取り付けたアンの特ダネの報酬は5000ドルで、ジョンがアービングにアンと遊ぶために借りた金が3万リラ。ところが3万リラは50ドルと言及されます。

 つまり1ドルが600リラ。当時の日本は国中黒焦げで進駐軍がうろうろしていたのに1ドル360円ですからイタリアの凄まじいインフレが伺えようという物です。

 作中ジョンが記者仲間とポーカーをしていますが、妙に細長かったり馬鹿デカかったりする怪しい紙幣が飛び交っているのも混乱を物語ります。

 政治情勢も不安定で、ロケ中に発砲騒ぎがあったり、ロケ地にテロリストの爆弾が仕掛けてあったりと大変な苦労があったと言います。ムッソリーニが帰ってきたら歓迎されるのも無理からぬ話です。

 映画に取り上げられたスペイン広場を筆頭とする名所はこの映画の影響で大人気の観光名所になり、今やイタリア人を探す方が困難な程の有様で、ゴミで荒廃しています。

 とどのつまり、ローマの観光名所はこの映画で楽しむに限るのです。現実より映画の方が容易なのです。

アン王女はファッションリーダー

 アンが王女という地位を投げ捨てたのを象徴するシーンがあります。舞踏会の最中にドレスで見えないのをいい事に窮屈な靴を脱いでしまうシーンと、ジョンに貰った金で最初にサンダルを買うシーンです。

 このサンダルが所謂ヘップバーンサンダルというやつです。もっとも、女装は専門外なので私は多くを語れません。

 もう一つ、より分かりやすいのが美容室に駆け込んでセミロングの髪を一気にショートボブにしてしまうシーンです。今風に言えば断髪イベントです。

 美容師のマリオ(パオロ・カルリーニ)は当惑しつつも最高の仕事をやってのけて、ついでにパーティーに誘います。この髪型も当時大変に流行ったと聞きます。

 マリオは女をナンパしてたのに古い版だと広川太一郎が迫真のオネエ演技で過剰に味付けしていましたが、実はこれがオーバーと言い切れないのです。詳しい話はBL的の方に譲ります。

素晴らしきイタリア野郎

 『スーパーカブ』で二人乗りは炎上しましたが、本作を象徴する名シーンの一つがベスパでアンとジョンが二人乗りして爆走するシーンです。

 このシーンは3分程ですがワイラーが6日もかけて撮った入魂の代物で、アンが勝手に走らせてあちこち暴走する様は明らかに『ベン・ハー』の戦車競走に生きています。ベン・ハーとメッサラもいちゃいちゃしながら乗ってましたし。

 ベスパの東の横綱である松田優作よりダイナミックに走り回ったアンはジョン共々警察にしょっ引かれますが、結婚式に行く所と嘘をつくと警察も持ち物を壊された人もニコニコで解放してくれるのがこの映画の素晴らしい所です。

 アンがジョンの部屋で風呂に入っているのを見て自分の娘がそうしたように怒る掃除のおばさん、カーネーションを買いたいのに金のないアンに一輪プレゼントしてくれる花屋、パーティーで踊りながらアンの髪を手直しするマリオ、一行が国の秘密警察と大立ち回りを始めるや陽気な音楽を奏でるバンド。

 むしろこの映画で一番美しいのは、ヘップバーンよりではなくこういうイタリア人の気質だと私は信じます。これはトランボの得意とするところであり、名人芸なのです。

 特に最後のは酒場で銃撃戦が起こってもピアノ弾きは演奏を止めないというマカロニウエスタンの型に影響を与えたように思えてなりません。セルジオ・レオーネ『ベン・ハー』の戦車競走のシーンに助監督として参加したそうですし、モリコーネがこの映画を観ていないはずがないのです。

BL的に解説

ジョンホモ寄りのバイ説

 そうでないとこの映画は説明が付きません。だとしたらアンが悲しむと思う人も居るでしょうが大丈夫、彼女の親戚は軟弱顎長ホモ野郎ばかりです。

 第一に、ジョンは鎮静剤を打たれて意識朦朧としているアンに手を出そうとせず、むしろ迷惑そうにアパートに連れて帰ってそのまま放っておきます。

 この時点でノンケは有り得ません。だってヘップバーンですよ?私なら生涯男を断つのと引き換えに代われるというのなら迷いません。

 それに、当時の倫理観は現代とは根本的に違います。ジョン・ウェインが男の中の男として女性にも概ね手放しに称賛されていた時代です。なのに据え膳を食わないなどオカマ呼ばわりされても文句は言えません。

 つまり、ジョンはロック・ハドソン寄りということです。最終的にヤっちゃったのはまあ当然です。ミラノの伯爵様であってもそうしかねません。だってヘップバーンですよ?

アービング×ジョン

 では誰がジョンの相手か?まず現実的にはアービングです。二人はもはや一心同体でした。

 アービングは写真家です。写真家は概ねゲイとMetoo野郎のどちらかです。アービングは女たらしですが、それゆえに怪しいのです。女に飽きて男に手を出してのめり込んでしまうバイは沢山居ます。

 ジョンは他に仕事のあるアービングを無理矢理連れ出して協力を取り付けた挙句、3万リラも借りました。王冠でも買うのかと嫌味を言われる程の大金です。

 その後のコンビネーションは明らかに他人のそれではありません。アンよりも明らかに深い絆に結ばれているのが明白です。

 かくして二人は最高の仕事をし、いちゃいちゃしながら写真を眺めるのですが、ジョンはアンの立場をおもんばかって事実を闇に葬ります。

 アービングに写真を売るなら自由だと言いますが、アービングは売りませんでした。金よりもジョンを取ったのです。

 そして二人で記者会見に行き、何も知らないふりをしてアンに写真をプレゼントします。アンは二人がマスコミだと知って驚いていましたが、それはこの際どうでもいい事です。

 さて、そうなると残るのはアービングへの借りです。3万リラ+儲け話+仕事のキャンセル。これは安くありません。

 方々に借金がある甲斐性なしのジョンに残された道はただ一つ。身体で払うのです。

 あの夜のアンと同じようにやれと命じられ、アービングに掘られながら恥ずかしい写真を撮られてしまうジョン。そうだとしても安い買い物です。ノーリスクです。だってヘップバーンですよ?

支局長×ジョン

 支局長(ハートリー・パワー)のジョンへの評価はそもそもあまり芳しいものではなかったようです。

 その上アンへの応対に追われて本来行われるはずだったアンの記者会見をサボってしまったジョン。行ったふりをして嘘をついたものの、記者会見は中止なのでお目玉を食らってしまいます。

 しかし、そこへきて部屋で寝ているのがアンだと気付き、特ダネに5000ドルの報酬を約束させ、更に個人的に記事をモノにできるかについて500ドルの賭けをします。

 支局長は支局長になるだけあって優秀な記者らしく、消息筋の情報を統合してジョンがアンを拾った事に気付き、ジョンの部屋まで乗り込んできます。

 しかし、ジョンは損を承知で事を葬ってしまうのです。ジョンは500ドルを週50ドルずつ払う羽目になります。

 ですが、甲斐性なしのジョンの事です。支払いが滞るのは目に見えています。とすれば、ジョンは支局長にもアンのように寝る事で支払うのは明白です。

 そうだとしても安い買い物です。ノーリスクです。だってヘップバーンですよ?

ジョバンニ×ジョン

 さて、債権者がもう一人が居ます。ジョンの下宿の主であるジョバンニ爺さん(クラウディオ・エルメッリ)です。

 ジョバンニは基本的に良い人で、ジョンがアンの正体を知るや電話をかけ、銃で部屋を封鎖するように命じられて本当に銃を持ち出して封鎖してくれます。

 この時点でジョバンニはジョンの部屋で寝ている美女がまさかアン王女ふぁとは思いません。つまり、ジョバンニはイタリア野郎の仁義に基づいて銃を取ったのです。粋な爺さんが居た物です。

 ついでにジョンは倍にして返すという条件でデート代をジョバンニに借りようとします。しかし、ジョンは2か月も下宿代を滞納しているので貸してくれません。

 きっと悔やむぞと恨み言を残してアービングに結局金を借りたジョンですが、この騒動は結局借金を増やしただけでした。当然下宿代も更に滞納する羽目になります。

 ここで注目したいのはジョバンニが銃を手にやけに堂に入った行進をしているところです。つまり、ジョバンニは従軍経験者です。下宿屋の主人なので恐らく下士官か将校、更に言えば年齢から第一次世界大戦に行ったと推測できます。

 かの大戦でイタリアはプロイセンと血みどろの戦いを展開しました。そして、プロイセン将校団がカイゼルのホモ大奥だった事は広く知られた話です。

 ジョバンニは「プロイセンのオカマ将校を輪姦したのを思い出すわい」とか何とか言いながらジョンを掘ります。そうだとしても安い買い物です。ノーリスクです。だってヘップバーンですよ?

BL的に解説(ナマモノ注意)

美容師の悪徳と退廃

 さて、ジョンが借金のカタに掘られるのはむしろオマケで、こっちがメインです。この為に選んだのです。この件に日本語で言及した人がまだ居ないらしいのは不思議ですが、処女を頂くのは嬉しい事です。

 美容師マリオ演じるパオロ・カルリーニはイタリアにおいては初期のテレビスターとして知られる人物ですが、同時にゲイであった事が知られています。

 美容師にゲイが多いのは常識ですが、問題はその相手です。カルリーニはあろうことかミラノ大司教の愛人だったのです。

 一説にはカトリックの司祭の3分の1まではゲイとされ、教会でおぞましい行為が行われているのはもはや世界的な社会問題ですが、にしてもミラノ大司教はあまりに大物です。

 他にも多くの役者の男妾が居たと噂されるこの大司教は順調に出世し、ついには頂点に上り詰めてローマ法王パウロ6世と呼ばれるに至りました。

 『ローマ法王の休日』という無責任極まる邦題の、暗い内容の映画がありますが、男色家とされる教皇は歴史的には別に珍しくもありません。

 むしろ表沙汰になっていないだけで大半は経験ありと見るべきでしょう。私は同性愛者が聖職者である事それ自体を否定する気は毛頭ありません。とにかく、ローマの休日にこんな裏話が隠れていたとお伝えしたかっただけです。

お勧めの映画

 独自の統計(主観)に基づきマッチング度を調査し、本noteから関連作品並びに本作の気に入った方にお勧めの映画を5点満点にて紹介します

『ニューシネマパラダイス』(1988 伊)(★★★★)(美しきイタリア映画)
『ベン・ハー』(1959 米)(★★★★)(ワイラー入魂の大仕事)
『SF超人ヘラクレス』(1970 米)(★★★)(シュワちゃんの男同士バージョン)
『釣りバカ日誌』(1989 松竹)(★★)(身分違いの美しき悲恋)

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