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【343日前】幼少期の話

病気との出会い
1993年12月8日に兵庫県丹波市で生まれ、スポーツ好きな両親の影響で、私もスポーツ大好き少年に育ちました。

5歳になる前、私の異変に気付いたのは父でした。父とキャッチボールをしているとき、ボールを真っ直ぐに投げれなかったそうです。「あれ?おかしいな」と利き腕の右腕をよく観察してみると、右肘が少し腫れぼったかったようです。疑問に思い病院に連れて行かれると、右肘が先天的に脱臼していたそうでした。成長に伴い、痛みに変わる可能性があるということで、5歳の時に脱臼を治すため手術をしました。ここが全ての始まり。オペ後またすぐに脱臼した上に、なんとその患部から「デスモイド腫瘍」を患うことになりました。

デスモイド腫瘍
デスモイド、これがとてもやっかいな病気でした。その理由は、不幸中の幸い、デスモイドは「転移」しないという点で悪性腫瘍ではない一方で、良性腫瘍とも言えない腫瘍だからです。デスモイド特有の性質として「転移」はしないものの、「周辺組織に浸潤して広がっていく」ことと、「局所的な再発を繰り返す」ことが挙げられます。デスモイドは良性と悪性の性質を持つ特殊な両性腫瘍でありました。そして、とにかく治療が難しい理由として、手術などの外傷がきっかけで発症する可能性があるという原因不明の謎めいた病気でした。おそらく、第1回目脱臼を治すために行ったオペがデスモイドの引き金になった可能性があります。

デスモイド腫瘍発症以後、私はデスモイドとの闘いの日々となりました。進行のスピードが早く、痛みに耐えれない日々が続きました。摘出手術をしても、オペによる外傷により新たなデスモイドが発症し、また闘いが繰り返されます。可能な範囲で日常生活は過ごしたものの、結局私は5歳からの10年間をデスモイドとの闘病生活として過ごすこととなりました。

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2020/9/1東京パラリンピック T47走幅跳決勝 まで毎日note更新します。私の全力チャレンジを見える化しています。ぜひパラリンピック応援してください!

ありがとうございます!パラリンピック応援してください!
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陸上選手(T47走幅跳/7m15←世界歴代6位):2020東京パラへの道のりをnoteで見える化。5歳で右腕に謎の病「デスモイド腫瘍」発症→約10年の治療過程で右腕に機能障害 | 2016リオパラ銅メダリスト(4×100mR) | 東京とシドニーの2拠点生活 | もうすぐパパ
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