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学習理論備忘録(30) 『意識の下の影響力持ち』

潜在制止と行動病理の項である。

潜在制止の研究をすると、行動病理学(精神病理学)に次の3つの方法で役立つという。

まず、各疾患で潜在制止がどうなっているか、を考えることである。それによって統合失調症や多動といったもの成り立ちを考えることができるかもしれない。

次に、アルコールなどの嗜癖の治療の効果が出ない場合、その理由を潜在制止の観点から検討できることがあるという。

最後に嫌悪や恐怖、恐怖症といったものにならないために潜在制止を役立てることができるというのだ。



では、潜在制止と統合失調症の関連についてから述べていこう。


健常な人は、どうでもいい情報、刺激については、それらへの連合が減る。これは潜在制止によって、もたらされている。

統合失調症の患者では、これが妨げられている。薬を飲んで治療をしていないと、潜在制止の効果が減っているのだ。だから病状がひどいときには、音や目に入るものに意味があるとする条件づけが起こりやすい。

統合失調症になっていなくても、統合失調症になりやすいことが分かっている人にも起こる現象である。統合失調型パーソナリティ障害というパーソナリティ障害もあるが、こちらにも同様である。

これは、実験によって確認される事実だ。マスキングと呼ばれる、他の作業に集中させておきながら、別の刺激をさりげなく与えておく方法がある。これによって、無意識下での先行呈示が可能になる。

例えば文字の違いを見つけるテストを何度もさせておいて、その横にはちょっとした模様が表示されている、といった具合だ。その後で、今度は模様の違いに注目させるテストをすると、あらかじめ違った模様を見せられていたグループでは、成績が悪くなる。形が変わってもなかなか気づかないのが普通なのだ。


ところが統合失調症では、先行呈示をしておいても、形の違いにすぐに気づく。もちろん、「このこの形は見たことがある」と意識できているわけではない。


つまり統合失調症患者は、刺激をみな新しいものとして受け止めてしまう。


世の中で生きていくためには、脳が「この刺激はどうでもいいものなのだ」と、よけいな記憶を捨てていく必要がある。その振り分けは、文脈を利用して行われている。統合失調症ではそれが弱いのだ。


この結果は、興奮、幻覚、妄想がおこる理由について「短期記憶が無関係の刺激ですでに埋まっているから」という意見が従来からあったが、それとも一致する。


ここで、学習理論とは別の文脈から出たと思われる理論体系で、潜在制止による統合失調症の精神病理に合致し矛盾しないものを、私が知っている限りで簡単にまとめておこうか。(原井先生は、本当はしっかりまとめてほしがっていたが、私もこのへんのことは追いかけているわけではないのだよなあ…)

まずフィルター障害仮説は、統合失調症の認知機能障害を説明する仮説であり、比較的新しいものかと思いきや、1950年代にはブロードベントが提唱している。

他にも精神病理学の理論で、認知障害に関わるものとしては

コンテクスト利用の困難さ(L. J. Chapman, J. P. Chapman)、近接仮説(immediacy hypothesis)(K.Salzinger)

などがある。いずれも

「統合失調症になると潜在制止が成立しづらくなり、多くの刺激を取捨選択せずに受けることによって各種の症状を呈する」

ということと関連すると思われる理論だと言えよう。

学習理論とは別に、それぞれの理論独自の突っ込んだ仮説が展開されているようだ。

あと、サリエンス(顕現性)という概念も、このへんのことと関係がありそうだ。

また、統合失調症と記憶の障害は昔から言われていることである。


次は、嗜癖における『条件づけ嫌悪療法』というものがうまくいかない場合について潜在制止の観点から考察し、その解決策を述べる。

条件づけ嫌悪療法の代表例は、アルコール使用障害に使う、お酒を嫌いにさせる薬「抗酒剤」である。この薬を飲んでお酒を飲むと、いきなり二日酔いが生じる。

もしお酒を飲んだことがない人が、抗酒剤を飲み(あるいはそんなことをしなくてもそうなることがあるが)最初の飲酒体験でひどい体験をしたらどうなるだろう?

これは違法なドラッグでも同じことが起こる。最初に苦痛を体験してしまうと、酒なり薬なりが嫌いになるのだ。実際に違法薬物に手を出して最初にバッドトリップしたために、それ以後二度と薬物に手を出さなくなる例がある。運が良いと言うべきであろう。最初が肝心だ。

だが問題になるのは、大酒を飲む人は、お酒を飲んで吐いたり気持ち悪くなったりするといった経験を、治療をする以前からしている場合である。すると、抗酒剤をつかってひどい体験をしても、それほど新鮮味はないというか、「二度と飲まない!」とはなりにくいのである(「うえぇ、またか」となる)。酒と嫌悪感の連合の学習が遅れるのだ。


これはラットの実験レベルの話では、いつも飲んでいるボトルの水の味を悪くしても回避条件づけするのが難しい、ということとして確認されている。


それを解決するにはどうしたらいいのか?これらの効果は、繰り返し条件づけをすることで薄めることができる。時間はかかるが、嫌悪条件づけを続けていくことである。


Ver 1.0 2021/4/2

学習理論備忘録(29)はこちら。


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