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映画『ノマドランド』感想 演技ではない言葉で綴られるドラマ


 アカデミー作品賞、監督賞、主演女優賞と総ナメの快挙、本当に素晴らしいですね。映画『ノマドランド』感想です。


 ネバダ州の企業城下町「エンパイア」に暮らしていた女性、ファーン(フランシス・マクドーマンド)。夫は数年前に亡くなり、その後のリーマンショックで企業は倒産、「エンパイア」という町そのものも消え失せてしまう。住処を無くしたファーンは自家用車のバンをキャンピングカーに改造して、亡夫の想い出と共に流浪生活を始める。
 amazonの倉庫での作業、国立公園の清掃スタッフなど、様々な仕事を転々とするファーンは、彼女と同じく高齢者でありながら定住せずに各地で働き続ける「ノマド」と呼ばれる人々と交流を深めながら、雄大なアメリカの大自然を渡り歩いていく…という物語。

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 ジャーナリストのジェシカ・ブルーダーが執筆したノンフィクション本である『ノマド 漂流する高齢労働者たち』(春秋社刊)を原作とした映画。主演のフランシス・マクドーマンドが原作本を読んで映画化を企画したそうで、監督・脚本を務めた中国生まれの映画監督であるクロエ・ジャオは、マクドーマンド自身が依頼したそうです。

 仕事の関係で、昨年の試写会で既に観ることが出来ていたんですけど、公開してから感想を書こうと思っていたら、コロナ禍により公開が大幅に延期となってしまいました。
 その時から、アカデミー賞本命と噂されてはいましたが、まさかの監督賞・主演女優賞・作品賞と、ここまでの快挙となるのは予想外。
 ようやく日本でも公開となり、アカデミー賞発表の直前に、再度劇場で観てまいりました。再度観たことで、ずいぶんと違う印象を感じ取ることが出来たと思います。

 この作品の大きな特徴は、作中に登場する、車中生活を続ける高齢労働者である人々が、役者ではなくて実際にその生活を続けている「ノマド」と呼ばれる人々が演じているという点です。
 これには、リアリティを演出するためとか、ドキュメンタリー風味を出すためだけではなく、このノマドたちの生き方や思想といったものが、物語のテーマそのものとなっているからだと思います。

 序盤で、ファーンがamazonの倉庫で出会うタトゥーだらけの若者が、モリッシーの『Home is a question mark』の歌詞を体に彫っているんですけど、この「家は自分の中にあるもの」という言葉が、もうこの作品を一言で表現しているんですよね。その他のノマドの人々が語る思想や行動原理が、全てファーンが選択する行動の説明となっているように思えました。

 劇映画としての物語は、マクドーマンド演じるファーンを追って描かれていますが、物語を通して言いたい事は、ファーンの台詞ではなく、ノマド生活をしている本人の口から語ってもらっているという構造になっています。すごく計算し尽くしてやっているようにも見えるし、ノマドたちとの交流が生んだ奇跡のようにも感じられます。

 最初に観た時は、資本主義を降りたというノマドたちが、amazonの倉庫で働いているという姿に矛盾のような感覚があったんですよね。結局搾取されているんじゃないかという印象を持ってしまいました。
 ただ、再度観た時には、そのノマドたちの言葉の重要性に気付いたことにより、ノマドが資本主義を降りたといっても、資本主義そのものを批判したり否定しているわけではないということに思い至ったんですよね。ノマドは資本主義社会とは別な生き方を選択しているけれど、それを批判するわけではなく、同じ世界に生きる「隣人」というような立ち位置に感じられました。

 ファーンがアメリカの雄大な自然に心躍らせながら生活を楽しむ様子は、本当に少女のようで、マクドーマンドの演技が素晴らしいんですよね。不安定な生活をしている高齢者を、こんな楽しげに描いていいのかなと初見では思ったりもしたんですけど、これは亡夫の魂と一緒に旅をしているからだというのが、2回目で納得出来ました。これも、全く別の人物の言葉から理解できるようになっているんですよね。
 また、一切、夫との想い出を回想シーンで見せないというのも、非常に巧みだと思います。不在を描くことで、より亡夫の存在感が増すという演出になっていると感じられました。

 序盤に2度、ファーンの排泄するシーンが入れられていますが、これが作品で描かれている生活が、虚構のものではなく真実のものであるという強い表明に感じられました。マクドーマンドは、実際にノマドたちと交流を深め、車上生活やamazonの倉庫で仕事をするなどしたそうです。
 ノマドたちの言葉を引き出したのは、クロエ・ジャオ監督の手腕でもあると思いますが、こういったマクドーマンドが人対人としてノマドたちに向き合った結果のようにも思えます。アカデミー監督賞、主演女優賞共に納得の快挙だったと言えますね。

 ただ、やはりコロナ以前に撮影された作品なわけで、このノマドたちの現在は大きく変わっているんだろうかと考えてしまう部分もあります。高齢労働者たちは、感染リスクが高い上に、短期労働としても仕事を失っている可能性が高いですよね。

 また、アカデミー監督賞では非白人女性として初めての快挙となったクロエ・ジャオ監督ですが、生まれ育った中国での報道が規制されているというのもショッキングな事実ですよね。過去に中国批判をしたというだけで、功績が評価されないというのは、全く納得出来ないものです。

 作品の素晴らしさのみで語りたいものですが、その外側で暗い影がチラついてしまうものでもありました。ただ、そういう意味でも現代を表現した作品ということで、評価された側面もあったのかもしれません。

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