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映画『ただ悪より救いたまえ』感想 独創的アクション×ベタ泣かせのハイブリッド


 2022年の映画始めは、またしてもバシバシ人が殺されるバイオレンス作品! 映画『ただ悪より救いたまえ』感想です。

 韓国の工作員だったインナム(ファン・ジョンミン)は、組織解体後に祖国を追われてから、日本で凄腕の殺し屋として生計を立てていた。殺し屋稼業の引退を決意したインナムは、最後の仕事として、ヤクザのコレエダ(豊原功補)を殺害、隠遁生活の準備を始める。
 だがそこに、タイのバンコクで暮らすインナムのかつての恋人が、殺害されたとの報せが入る。しかも、別れた後に生まれたインナムの娘は行方不明となっているという。インナムはバンコクへ飛び、恋人の殺害に関わった人間を捕らえては拷問にかけ、娘の居所を突き止めようとする。
 一方で、裏社会でも残忍で凶悪な殺し屋として恐れられているレイ(イ・ジョンジェ)がインナムの追跡を開始。インナムが殺したコレエダは、レイの兄だった。レイは、インナムに関わる人間を惨殺しながら、同じくバンコクへ向かっていく…という物語。

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 『チェイサー』『哀しき獣』などの脚本を手掛けたホン・ウォンチャンによる監督作品。『哀しき獣』も韓国ノワールの傑作で、凄く好きな作品なんですけど、それよりも目を引いたのが、ファン・ジョンミンとイ・ジョンジェの共演作という点ですね。
 このお二方、これまた韓国ノワールの傑作『新しき世界』の主演コンビなんですよね。この時は、イ・ジョンジェは潜入捜査官、ファン・ジョンミンがマフィアの大物という役どころでした。この2人の友情、というよりは、ブロマンスに近い関係性を描いていて、物凄く色気のある演技が堪能できる作品だったんですけど、その2人が今作では殺し合うというので、思わず観に行ってしまいました。

 事前のイメージでは、殺し屋2人が色んな人を巻き込む阿鼻叫喚のバイオレンス作品を想像していたんですけど、意外と主役と悪役の対立構造がはっきりとした、しっかり正統派な作りをしているんですよね。同じ韓国映画の系統では、名作『アジョシ』に近いものがあります(そして『アジョシ』のルーツ作品でもある『レオン』へのオマージュもちゃんとあるという)。

 もちろん、血で血を洗うバイオレンスアクション作品なんですけど、物語の核は殺し屋インナムが、父親インナムに変化する過程なんですよね。
 インナムが娘を探し始めた段階では、淡々と聞き込み(拷問)を続けていくんですけど、事務的にこなしていく様が、殺し屋的で物凄く怖いんですよね。この段階では元恋人と同じく、娘も死んでいるだろうと思っているので、復讐でもあるはずなんですけど、感情的な部分が一切排除されている演技になっています。

 けど、娘が生きているという情報を得てからが境となって、インナムが感情を取り戻していって、人間に戻る物語に変化していくんですよね。この前半と後半でのインナムが全然違う顔になっていて、ファン・ジョンミンの演技が最高だということの証明になっています。

 相対するのが、同じく殺し屋のレイなんですけど、こちらも当初はインナムと同じく冷徹で感情が見えない人物ですが、インナムとファーストコンタクト以降、どんどん活き活きとしていくように見えました。後半で「殺す理由は忘れた」と吐き捨てるシーンがありますが、この時点ではもう、インナムと同じくらい表情豊かになっているんですよね。
 インナムが娘に近づくことで感情を取り戻していくのに対して、レイは殺された兄の復讐という目的から離れて見失うことで、感情的になっているんですよね。この対比も非常に巧み脚本になっていると思います。

 イ・ジョンジェは、ネットフリックス『イカゲーム』で世界的評価が高まりつつあるタイミングなわけですが、そんなイメージなぞクソくらえとばかりに、恐ろしい殺人鬼を好演していますね。ツルっとした綺麗な肌で好青年な印象がありましたが、今作のレイは、首元をタトゥーで覆っている、全く正反対のヤバい人物に仕上がっています。タトゥーだけでなく、登場時にプラカップのアイスコーヒーを飲みながらというのが、なぜかヤバさが強調されているんですよね。このアイスコーヒーを手にしているという演出、どういう経緯で思いついたのかはわかりませんが、大正解にして大発明だと思います。

 韓国映画のアクションが、世界最先端に達しているのは疑いようもない事実となっていますが、今作もそれを証明する作品になっていると思います。狭い廊下でのナイフを使った激突から、広い屋外での爆破まみれの銃撃戦を繰り広げる構成なども見事ですね。
 アクションが派手過ぎると、現実味が薄れて醒めてしまうことがあるんですけど、そこに至るまでの構成や人物配置の描き方が緻密なので、アクションモードになっても入り込んだままでノレる感じがありました。舞台が日本でも韓国でもなく、その二国を経てからの、タイのバンコクという異国であるという点が、現実離れしたアクションを納得感のあるものにしています。
 トゥクトゥクを使ってのカーチェイス銃撃戦なんて、よくよく思い出すとあまりにも現実離れし過ぎているんですけど、観ている間は気にならず、めちゃくちゃテンション上がるシーンになっているんですね。この発想も尋常じゃないものだと思います。

 バイオレンスシーンは、直接カメラに収めているものは少なく、グロ描写を覚悟して観た自分としては拍子抜けでもありましたけど、意外とベタな父娘愛にちょっと不意打ち的に涙してしまいました。韓国映画は子役の使い方がズルいくらいに上手いんですよね。物凄い独創的な発想な部分と、しっかりとしたベタで作り込まれているのが韓国映画の魅力ですね。


 今年も映画始めから良作を引き当て、至極満悦でした。幸先の良いスタートを切れたので、今年もいい年になりそうです。


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