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映画『星の子』感想 「家族」という信仰による救い


 芦田愛菜ちゃんの成長っぷり自体は喜ばしいことですが、多くの人間に時間の流れの残酷なまでの速さを自覚させる効果があると思います。それはそうと、映画『星の子』の感想です。


 病弱な赤ん坊として生まれたちひろ。父(永瀬正敏)と母(原田知世)は、ちひろの治療法を探す中、宗教団体「ひかりの星」で販売する水を勧められる。すがる想いでその水を購入し、ちひろに飲ませたり体を洗ってあげたりする内に、ちひろは健康に育ち始める。
 その後、ちひろ(芦田愛菜)は中学3年生にまで成長。父と母はあれ以来、ドップリと「ひかりの星」を信仰していて、ちひろも未だにその水を飲みながら、愛情を注がれて幸せに暮らしている。ただ、暮らしている家はボロ家に変わり、大好きな姉のまーちゃん(蒔田彩珠)も、家を飛び出したきり戻ってきてはいないが…という物語。

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 芥川賞作家である今村夏子の原作小説を、『さよなら渓谷』『日日是好日』などで知られる大森立嗣監督が映画化した作品。原作は未読ですが、今村夏子さんの芥川賞受賞作品『むらさきのスカートの女』はわりと好きな空気なので、この作品に興味を持ち、観てきました。

 新興宗教にハマった家族というと、そこから抜け出せるかどうか、ということをドラマにしがちだと思いますが、今作はあくまで、この家族の特色として描いていて、単純に悪いもの、「悪役」として描いていないですね。
 ちひろも、物心ついた時からそういう状態の親が普通なので、そこも含めて家族として愛しているわけで、周囲との違いに居心地の悪さは感じつつも、信仰を止めさせようとは思わないんですね。ただ、ちひろ自身は「ひかりの星」の信仰心を持ち合わせておらず、むしろその健康効果には疑問を抱き始めていて、これを思春期の自立心の芽生え、親離れをし始める少女の心の機微を表現する機能として使っているという、とてもクレバーな物語構造になっていると思います。

 物語の筋は、本当に思春期の女の子が自立し始める、ほんの少しの成長を描いたシンプルな青春物なんだと思います。ただ、そこに新興宗教という設定を加えただけで、とてもブラックな要素が強まっています。

 そのブラックさを象徴するのが、南先生(岡田将生)と昇子(黒木華)の、2人の脇役だと思います。
 岡田将生は、言わずと知れたイケメンな俳優ですが、こういうイケメンだけど嫌な感じの人間という演技が物凄く上手いですね。教職者でありながら、人間が出来ていない感じ、器の小ささが露呈してしまう人間というのは、どの学校にも必ずいる類いで既視感がありました。このカリカリしている感じが、本当にリアル。

 黒木華は、『日日是好日』では主演しており、どちらもほんわかした笑顔の多い女性役です。けれど、今作での昇子という役は、新興宗教の内部の人間なので、笑顔の質が全く違うんですよね。
 信者である登場人物にとっては柔和な笑顔の女性ですが、物語の外側にいる我々観客から見ると、とてもヤバい笑顔であることが、ちゃんと表現されていて、状況や物語の方向性を演技でガイドしているんですよね。黒木華さんの演技、ちょっとレベル違う巧さになりつつありますね。

 ただ、全体として、そのブラックさをもっと笑いにしても良かったように感じました。南先生に、両親が怪しげな儀式をしているところを見られるなんて、ちひろにとっては辛い出来事ですけど、第三者の観客からしたら笑っちゃう出来事なんですよ。
 こういうようなところで笑いを取らず、全体的に真面目に描きすぎている印象でした。芦田愛菜ちゃんの演技も上手ではありますけど、どうしても優等生的キャラになってしまうので、物語のブラックさが少し削がれてしまっているようにも思えます。
 宣伝も「家族を信じる少女を描いた感動作」みたいな文句が並んでいますけど、何か違う気がします。そういう物語じゃないでしょ、これ?

 特に大きく何かが進展するとういう物語ではないと思うんですよ。ちひろが家を出るとか、家族が信仰を止めるとか、そういうクライマックス的な出来事があるわけではなく、同じ日常が続く形で物語は終わっています。
 ただ、その後に変化が起きることを示唆している終わり方だと思います。3人で星空を眺めることはできているけど、流れ星を3人同時に見ることはできない。既にちひろと両親の生き方は違うものになりつつあることの表現なんだと思います。
 けれども、それは哀しい別れではなく、当たり前の親子関係として描いているように思えました。離れた姉のまーちゃんと同じように、離れていても、この特殊な状況下でも、家族であることに変わりはない。そういう素朴な物語だと感じます。

 家族というものが、ある種の信仰として、救いになっているように思えました。


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