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映画『JOINT』感想 詳細な犯罪ディテールが紡いだ物語

 超絶なリアリティ、だけどしっかりとした物語性も魅力的。映画『JOINT』感想です。

 刑務所を出所した半グレの石神武司(山本一賢)は、一年間の肉体労働で作ったクリーンな金を元手にして、東京に拠点を構える。元々得意としていた個人情報の「名簿」を扱う詐欺ビジネスを始めた石神は、後輩の広野(伊藤祐樹)が所属する大島会や、韓国移民を世話する友人・ジュンギ(キム・ジンチョル)の協力もあり、手広く稼ぐことに成功する。だが、いくら誘われても、大島会に所属することは避けていた。
 カタギの親友・ヤス(三井啓資)の勧めで、ベンチャー企業の投資を始めた石神は、カタギとして裏社会との繋がりを断とうと考えるが、大島会を破門された武闘派による壱川組の立ち上げ、ジュンギに接近し始める外国人組織「リュード」の動きは、石神を想定しない事態に巻き込んでいく…という物語。

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 新進気鋭の映像作家、小島央大監督による初の長編作品。監督も初作品なら、主演の山本一賢さんもほぼ初演技作品だそうで、その他の役者陣も失礼ながら無名の方々が名を連ねています。自主制作的な作りながら、それでも高評価を得て、かなりの絶賛を集めています。
 自分は、敬愛する漫画家の新井英樹さんが絶賛されているのを目にして知りました(昨年の大傑作『佐々木、イン、マイマイン』も新井英樹さんの絶賛ツイートで知ることができました)。

 ヤクザ、半グレなどの裏社会もの映画なんですけど、昔のヤクザものや洋画のマフィア作品のようなシマ争いによるバイオレンスがメインではない作品なんですね。その代わりに描いているのは、電話詐欺、個人情報売買など、現代裏社会がどういうビジネスを行っているかという点です。かなり徹底的にリアリティを追求した描き方になっています。
 こういうビジネス部分は、今までのヤクザものだと、チマチマした稼ぎをする器の小さいキャラが行うものという描かれ方でスルーされていたものだと思います。ただ、現実にはこういうビジネスが現代ヤクザ、現代裏社会の資金源であるというのは納得できる気がするんですよね。

 そのチマチマした犯罪行為がどういう仕組みなのかを、かなりわかりやすく描いているんですよね。真似するヤツが出ないか、心配になるくらい理解しやすかったです。
 そして、さらにそこに説得力を持たせているのが、演技経験の浅い役者陣の仕事だと思います。正直、劇映画としては台詞が聞き取りにくい部分も多く、活舌が悪い人が多いんですけど、そういう部分が作品にドキュメント感を持たせているように思えました。

 作品を観た後に、飛び入りで来ていた小島監督の舞台挨拶を見ることができたんですけど、そこでの話によると、きっちりとした台本は用意せず、状況だけを役者に伝えて、自由に演技をしてもらうという手法を用いていたそうです。是枝裕和監督的な撮り方のノワール映画というのは、面白い試みですよね。
 だから、役者の方々も、作為としての演技より、素の状態でリアリティが出せたのかもしれません(反社・半グレの役で、素の状態というのもある意味怖いですけど)。

 そして、そのドキュメント風な群像劇が、後半になると一気に劇物語として収束していくカタルシスがあるんですよね。ここに脚本の力が集約されているような感じで、ちょっと新人離れした構成力だと思います。小島監督は、どういう話になるかわからないまま、撮影を続けて創り上げていったと話されていましたが、それにしては前半のビジネス描写が、象徴的な伏線になっていたりして、仕上がりが完璧ですね。しっかりとした編集力もあると思いますが、何か降りてきたような作品なんだろうと思います。

 ヤクザ映画なのに、『アウトレイジ』や『孤狼の血』のような暴力描写は、かなり少なめです。確かに街中でバンバン殺し合うのは、エンタメとしては盛り上がるんですけど、リアリティがないことに気付くと、のめり込めない部分ではありますよね(そういう作品もファンタジーとしてのヤクザ映画という楽しみ方があると思いますが)。
 今作の暴力を描かないという形でのリアリティは相当なものなんですけど、それよりも暴力描写なしでも、きっちりとヤクザが怖いものとして描けているのが痺れます。大島会の幹部が、石神を挑発するために部下に銃を用意させる時の、「テッポー」という口調や、それを使って石神を手玉に取る感じとか、暴力の使い方をよく理解しているクレバーさがあって、下手に人がたくさん死ぬよりも、よっぼど恐ろしく感じました。

 主人公の石神が刑務所帰りでカタギを目指すという点では、今年公開された『ヤクザと家族』『すばらしき世界』というヤクザ映画と、実は似ているんですよね。ただ、その2作の主人公がもっとわかりやすくヤクザの世界とカタギの世界を分けていたのに対して、石神はそこには無自覚で、犯罪行為紛いのビジネスをしていても、組に所属していなければカタギと思い込んでいるように感じられました。
 そういう意味で石神は「半グレ」の象徴のような人物なのかもしれません。そして、石神本人が無自覚な代わりに、今村(林田隆志)やジェイ(尚玄)ら裏社会の住人たちは、石神がこちら側の人間であることをよく理解していたから、世話してやったり協力してやっているように見えました。

 結末もしっかりとノワール作品らしくて、良いものでした。終盤での石神が、汚い汁を垂れ流すような号泣シーンも、山本一賢さんの素晴らしい演技だったと思います。ここは綺麗な泣き方では駄目ですよね、こういう汚い涙が出てくる作品は信用できる価値ある作品だと思います。

 新藤兼人賞の銀賞も受賞されたそうで、しっかりと評価もされているようですね。小島央大監督、また今後の作品も期待できそうな監督が登場してくれて、とても楽しみです。


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