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映画『わたしは最悪。』感想 快楽も不幸も己の選択で味わうもの

 人生の辛い思いをする時期を、ポジティブに魅せてくれています。映画『わたしは最悪。』感想です。

 医学部、心理学部、写真撮影と、自分のやりたい事を思いつくまま貪るように探す女性、ユリヤ(レナーテ・レインスヴェ)。グラフィックノベル作家として活躍する年上の恋人アクセル(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)との仲も順調だが、結婚・出産という規定路線で身を固めようとするアクセルの態度に、30歳という節目を迎えるユリヤは違和感を覚えていた。
 ある日、アクセルの出版パーティーを切り上げたユリヤは、気まぐれに全く無関係のパーティーに紛れ込む。そこで出会った若い男性アイヴィン(ハーバート・ノードラム)と出会ったユリヤは、溢れる想いを抑えきれずに、新たな人生の選択を決意する…という物語。
 

 ヨアキム・トリアー監督によるノルウェーの映画作品。カンヌ国際映画祭では主演のレナーテ・レインスヴェが女優賞、2022年のアカデミー賞でも脚本賞としてノミネートされるなど軒並み評価が高いようです。『ドライブ・マイ・カー』『偶然と想像』の濱口竜介監督が絶賛しているという謳い文句を見つけて、鑑賞するに至りました。
 
 鑑賞してみて、濱口監督が絶賛しているのも納得したのですが、濱口監督の出世作『寝ても覚めても』にテーマが共通する部分が多いと感じました。それまでの世間の女性像からしたら、アウトな行為をする女性を主人公にしたものだと思います。
 ただ、今作の主人公ユリヤは、特に殺人や窃盗などの犯罪行為をしているわけではないし、自分の気持ちに正直に生きているだけですよね、もちろん、煩悶や葛藤も描かれているわけですけど。
 
 やりたい事がコロコロと変わるのも、確かに人として軸がブレている姿として描かれて、まるで正しくない愚かな人間のように描かれてはいますが、これにしても、心の底から好奇心が生まれた方向に進んでいるので、決して間違った選択をしているわけではないと思います。そもそも、社会的に正しい・間違っているという価値基準が、誰が決めたものなのかという疑問まで生まれる清々しさが、ユリヤの人生にはあると思います。
 
 加えて、女性なのだから結婚しなければならない、子どもを産まなければならない、家族を創らなければならないというプレッシャーを感じている姿も、ユリヤをただの愚かなビッチに仕立て上げない脚本になっていると思います。この辺りも周囲の人間を悪者にすることなく、ユリヤが自分とはそぐわない価値観に包囲されていく姿が、絶妙なラインの台詞や演技で描いていますよね
 
 浮気相手の元へ走るという場面で、自分と相手以外の全ての時を止めてしまうという描写が、まさに映像でしか出来ない表現ですね。これにしても、間違った行為・他人を傷つける行為なわけですけど、すごく瑞々しく描かれています。その前の出会いのシーンで、「これは浮気にならない」と線引きをしながら、いろんな行為で遊ぶという描写も、かなりアウトな姿に思えますが(互いの小便するところを見せあうとか、浮気か・浮気じゃないか以前に変態AVのプレイだろ)、これもあまり嫌に思えない撮り方をしているんですよね。
 
 ただ、嫌に見えないのは、撮り方の問題だけでなく、その後にくる後悔や罪悪感というものを、ユリヤがきちんと引き受ける姿が描かれているからなんだと思います。子どもを産むか・産まないかという煩悶や、元恋人の最期を看取るか看取らないかという選択も、彼女自身にとっては後悔と罪悪が生まれるものですが、それを味わう覚悟みたいなものが、終盤のユリヤには生まれているように感じられました。
 
 この作品は、脚本だけでなく、映画的な映像演出も優れていますよね。先述の時間を止めるという演出もそうですが、マジックマッシュルームを摂取したときのドラッグ体験映像なんか、『トレイン・スポッティング』みたいでした(そう考えると、この作品は女性版『トレイン・スポッティング』なのかもしれません。あそこまでクズ野郎ではないけど)。
 アクセルが病室でエアドラム叩いている場面なんか最高ですよね。そのまんま、あの曲のPVに出来そうなくらい、良い撮り方しています。エアドラム映像の中でも、かなりの傑作に位置する映像に仕上がっているんじゃないでしょうか。
 
 結末でユリヤは、外側の立場から見ると、何も得られていないかのような状態になっていますが、実はそうではないと思うんですよね。ユリヤは自分で考え、自分で決めて、自分で辿り着いた場所に立っているわけで、その過程自体が、ユリヤが探し続けて得ている答えだと思います。その過程にある幸せや快楽はもちろん、後悔や罪悪感というものまでを味わうことこそが人生であると、教えてくれているように感じられました。「最低」というタイトルに反して、最高の映画体験となる作品です。


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