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映画『偶然と想像』感想 言葉で紡ぐ映画の魔法

 この台詞群、脚本を読んでみたい。映画『偶然と想像』感想です。

第一話「魔法(よりもっと不確か)」
 モデルの芽衣子(古川琴音)とその親友でヘアメイクのつぐみ(玄理)は、撮影帰りのタクシー内で、つぐみが最近出会った男性との恋愛話に花を咲かせる。つぐみが下車した後、芽衣子はひとりある場所へ向かう——。
第二話「扉は開けたままで」
 大学教授で作家の瀬川(渋川清彦)は、出席日数の足りない佐々木(甲斐翔真)の単位取得を認めず、佐々木は留年、就職内定は取り消しとなった。その後、芥川賞を受賞した瀬川に、佐々木は逆恨みをして、身体だけの関係である同じ大学生で主婦の奈緒(森郁月)に頼んで、瀬川へのハニートラップを仕向ける——。
第三話「もう一度」
 世界的に広まったコンピュータウィルスの影響で、インターネットが不通状態になった世界。高校の同窓会出席のため、仙台にやって来ていた夏子(占部房子)は、東京に戻ろうと向かう仙台駅のエスカレーターで、あや(河井青葉)とすれ違う。お互いを見返して慌てて駆け寄る2人は、思い出話をしようと、あやの自宅に向かう——。

 2021年を代表する作品『ドライブ・マイ・カー』が世界的に評価される中で発表された、濱口竜介監督の最新作。濱口監督自らが脚本を書いた3つのオムニバス形式の物語で、「濱口竜介短編集」と銘打たれています。
 それぞれの物語には繋がりはありませんが、一応「偶然」というものが物語を動かす仕掛けとなっていて、テーマは共通しているようです。

 『ドライブ・マイ・カー』が評価され、ロングランを続けてはいますが、3時間を超える上映時間、エンタメ的な要素は全く無い作品なので、映画を観慣れていない人には、小難しい作品に感じられたかもしれません。ただ、今作品は映画通ではない人にも、幅広く受け入れられる、ポップな作品です。「濱口竜介入門作品」という位置付けになるかと思います。
 ただ、それでいて映画マニアも唸らせるような作品の深みがあるのが、本当に濱口監督の恐ろしい所ですよね。今なら何撮っても傑作になるんじゃないかという凄みがあります。

 ポップな部分でいうと、3話ともシチュエーションとかはコントに近いものがあります。あり得そうであり得ない微妙なリアリティの無さが、物語の滑稽さをダイレクトに伝えてくれます。実際、劇場で観ていた時は、自分も含めて観客が声出して笑っていたんですよね。『ドライブ・マイ・カー』を鑑賞していた時との落差が激しかったです。

 ただ、その滑稽さをコーティングにして、中身の本質部分では、淋しさだったり哀しさだったりというものを表現していると思うんですよね。その切なさの空気は、やはり『ドライブ・マイ・カー』で描かれていた空気と共通していて、喜怒哀楽のどの感情とも言い切れない、堪らなく好きな空気感が出ています。

 『ドライブ・マイ・カー』でもそうでしたが、今作でも会話劇がメインとなっていて、3話とも、対話することで物語が進んでいきます。前作では原作が小説作品だからかと思っていたんですが、今作での力強い台詞の応酬に、濱口監督の言葉というものへの信頼度を感じさせます。

 第一話の冒頭から、タクシーでの会話シーンが続きますが、ここが物凄く長いんですよね。どんだけの距離タクシー使ってんだろうかとツッコミたくなるほど長いです。ただ、重要な事実はこの会話では明らかにされておらず、それが伏線になっているんですよね。いわば、言葉を羅列させることで事実を隠し、その後にその事実から生まれる会話劇を、さらに強調させるという効果になっていると思います。

 第二話の瀬川が作家で、言語フェチなのも象徴的ですね。第一話では言葉で傷つけ合う姿が描かれていたのに、ここでは言葉によって救われる姿が描かれていくというのも面白い変化になっていると思います。
 フィクションに出てくる作家って、類型的なものしか観た事なかったんですけど、この瀬川というキャラクターは本当に純文学作家の受け答えになっていて、凄いリアリティがありました。それが、ああいうコント的なやり取りになっていくというのも、爆笑だったんですけどね。

 第三話での、本物ではない言葉が、お互いの人生を慰めて肯定していくという流れも素晴らしいものでした。設定として「ネット不通状態の世界」があるから生まれた奇跡になっているんですよね。第二話ではインターネットによって、小さな過ちが大きな過ちになってしまうというものでしたが、その辺りとも繋がっている感じが印象的です。

 キャスト陣の演技も、他の濱口作品と同じく、演技力というよりは人間性を魅せるものだったと思います。古川琴音さんは、他の作品と同じような喋り方なのに、イメージと真逆の役となっていて驚きました。
 森郁月さんの、棒読みな喋り方が、段々と感情が乗っかって色が見えてくるような会話、美しさすら感じさせました。
 占部房子さんと河井青葉さんの会話劇も素晴らしかったですね。お互いの感情がすれ違っては、またリンクしていく感じ、SNSで平行線の議論ばかりしている不毛なコミュニケーションでは生まれ得ない素敵な瞬間です。

 映画作品において、映像で語らせるというスタイルの作品が高評価とされ、台詞で話を進めることは野暮みたいな考え方はあると思います。実際、自分も映像での比喩を理解する快感が映画の醍醐味と思っています。
 けれども、今作はそんな固定概念を覆すほど、台詞(言葉)の豊潤さと魅力に溢れていると思います。「始めに言葉ありき」と形容したくなるような作品です。
 直接的に描かれているわけではありませんが、ネット社会での「言葉」によって分断や、人を死に追いやる現実への警鐘にも感じられました。言葉で人は殺せるし、言葉によって人は救われると思います。

 感動的な部分の感想に終始してしまいましたが、この要素を「コント」(コメディではない)的な描き方をしているのが凄まじいですよね。あまり深読みせずに笑える作品にも仕上げている重層的な作りになっていて、濱口監督のその力量に恐ろしさを感じさせられた作品でした。


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