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映画『グッドバイ~嘘から始まる人生喜劇~』感想 圧倒的な小池栄子の女優力

 今回は、映画『グッドバイ~嘘から始まる人生喜劇~』の感想です。


 舞台は戦後日本、文芸誌の編集長である田島周二(大泉洋)は、疎開先にいる女房と娘を呼び戻すために、抱えている愛人たちと手を切る決意をする。だが、優柔不断な自分から切り出すことは出来ない。そんな田島に、担当作家の漆山(松重豊)は、とびきりの美人に偽の妻を演じさせて、愛人たちに諦めさせるという案を授ける。田島は、顔なじみだった大食いで金にがめつい担ぎ屋の永井キヌ子(小池栄子)が、身綺麗にすると絶世の美人であることに気付いて、偽夫婦となることを頼み込む…という物語。

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 太宰治による未完の遺作となった小説『グッド・バイ』を基にして、劇作家ケラリーノ・サンドロヴィッチが舞台劇にしたものを原作として映画化した作品。舞台の方は未鑑賞ですが、かなりの評判と聞いておりました。

 その舞台版でも永井キヌ子役は小池栄子さんで、映画版も続投という形なんですけど、まあもう小池栄子無双というか、小池栄子の演技を観るだけでもかなりの価値がある作品になっております。
 小池栄子さんて、世間的にはグラビア出身のバラエティもいけるタレント的なイメージを持たれていると思うんですけど、むっちゃくちゃ演技が上手いんですよね。僕は主演映画『接吻』を観た時、その演技に衝撃を受けたわけで、それ以来女優として注目していました。

 今作の永井キヌ子というキャラクターは、ダミ声で金にがめつく食に対しても意地汚いという普段の姿から、実は着飾ることでいつでも美しい容姿になれるという、スーパーウーマンなわけですけど、これは戦後の強い女性像の、極端な描き方だったのかなと思うんですよね。生きるためにはどんな泥臭いことも厭わない、でも、どんな時でもその美しさは損なわれていないというような。
 それは女性の本質でもあって、戦前、戦後、現代と時代が移り変わる内に、抑圧されていたこの女性像がよりはっきりと打ち出されるようになってきたのだと思います。
 このキャラ設定は太宰治の原作からほぼ変わっていないんですけど、太宰がこのキャラクターを生み出したというのも驚きですね。

 このキャラを、小池栄子さんがほぼ完璧な演技で描いているんですけど、そのダミ声や力強さの演技も素晴らしいんですけど、やっぱりすごく美人というのが、今作では際立っているんですよね。
 グラビア出身だけあって、セクシーな体つきなんですけど、必ずしも男向けではないというか、媚びるような美しさではないという印象なんですね、完全に自立した芸術というか。
 その雰囲気が、永井キヌ子の人としての強さを強調していて、これは完全にハマり役という感じでした。

 愛人女性たちは、キヌ子と対比される抑圧された古い女たちだと思うんですけど、田島と手を切ることで、人として独立した女性になっていくという構図なんですね。
 基本的には舞台が原作なので、演技も割とデフォルメされた過剰なものなんですけど、この愛人女性の中では、青木保子役の緒川たまきさんが断トツで上手かったですね。こういう舞台演技は力量の違いが圧倒的に出るのだと思い知りました。

 物語的には、中盤以降で偽夫婦作戦も崩れ始めて、全てを失った田島とキヌ子の距離が近づくという流れなんですけど、この辺りの持っていき方が、明らかに性急過ぎてバランス悪いんですよね。恐らくは原作舞台の脚本はここである程度端折られているように思えました。

 そもそも、キヌ子が田島に惹かれる理由が全然感じ取れないんですよね。太宰小説だと、田島はもっと狡い男のように描かれていて、序盤で絶筆になったのでそれがどうなっていくかはわからないんですけど、恐らく太宰版は、ただ田島が痛い目に遭うというシンプルな筋だったのではないかと思うんですよね。弱々しく狡い女たらしという人物像は、太宰本人を連想させるので、自虐小説のつもりだったんじゃないかと思うのです。
 これをキヌ子とのロマンスを本筋にアレンジしたのが、ケラさんのシナリオなんですけど、これに説得力を持たせるには、田島の描き方が重要だと思います。
 少なくとも映画版の田島は、巻き込まれ型のキャラクターで、根っからの悪人ではないどころか、むしろ善良な男という描かれ方なんですね。
 そこに愛着を持たせようとしているのかもしれないですけど、善良な男の悪気のない悪事ほど、不快なものはないと思うんですよね。(ワイドショーを騒がしている東出くんなんか良い例ですね。)
 小池栄子さんがキヌ子を魅力的に演じれば演じるほど、そんな男に惚れるほどキヌ子は単純な女じゃないと思ってしまうわけですよ。

 後半の方で田島にも罰的なものが下されて、なかなかの目に合うわけですけど、それがあっても「まあ、自業自得かな」くらいにしか思えないんですよね。端折った部分をきちんとやってくれていれば、田島というキャラにも愛着が湧いて、魅力的な二人の主人公として応援できたのかもしれないなと思います。

 とにもかくにも、小池栄子さんだけでも観る価値は十二分にある作品だと思います。
 「検索ちゃん」でウーチャカを小バカにする小池栄子さんも好きなんですけど、もっとたくさん、本格的な演技も観てみたいと、改めて思いました。


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