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映画『ハケンアニメ!』感想 世界を創り出す熱い想い

 「刺され」という台詞がありましたが、刺さり過ぎて失血死しそうでした。映画『ハケンアニメ!』感想です。

 公務員からアニメ製作会社への転職という異色の経歴を持つ斎藤瞳(吉岡里穂)は、連続TVアニメ『サウンドバック 奏の石』で念願だった監督デビューが決定。だが、経験の浅い瞳に周囲の視線は冷たく、瞳を大抜擢したプロデューサーの行城理(柄本佑)の宣伝至上主義な仕事のやり方にも振り回され、現場には暗雲が立ち込める。だが、瞳は今回の作品に全てを費やす覚悟で臨む理由があった。
 『サウンドバック』と同じ時間帯に放送されるアニメ『運命戦線リデルライト』は、天才監督・王子千晴(中村倫也)の8年ぶりの新作。瞳は王子監督の代表作『光のヨスガ』に衝撃を受けて、王子監督を超える作品を創るためにアニメ製作を志したのだった。その王子にとっても、スランプからの再起を懸けた新作のプレッシャーは凄まじく、製作中に失踪してはプロデューサーの有科香屋子(尾野真千子)を嘆かせていた。
 放映前のアニメイベントで、瞳と王子の監督対談が実現。気持ちが先走った瞳は、王子監督の新作に勝利宣言をしてしまい、『サウンドバック』と『リデルライト』、どちらのアニメが「覇権」を握るか、大きな話題となっていく…という物語。

 辻村深月の同名小説を原作として、『水曜日が消えた』で知られる吉野耕平監督が実写化した作品。今をときめくキャスト陣に、観た人の感想もかなり熱のこもったものが多かったので観に行こうと決めていた映画ですが、上映館や上映数は思ったより少ない印象です。『シン・ウルトラマン』『トップガン』などの大作に押されてしまっているのでしょうか。観た感想は率直に申し上げて、もっと話題になるべき作品だと思います。
 
 アニメ製作を題材にした作品といえば、『映像研には手を出すな!』が想起されますが、この作品も『映像研』と同じくアニメに限らず「ものづくり」「クリエイティブ」ということの喜びと葛藤を描いた作品だと思います。
 
 物語展開自体は暑苦しくない熱血さを持っていて、泣けてくる筋書きではあるんですけど、個人的には泣かせようとしていない細かい部分で何故か涙してしまったんですよね。
 まず序盤の、アニメ雑誌に宣伝として表紙を描いてもらうという件で、原画担当の並澤和奈(小野花梨)と瞳が初めて対面するシーン。並澤さんが瞳を前にして感慨深げに「あなたがこの子(キャラ)たちのお母さんなんですね…」という呟きで、この劇中アニメのキャラが「生きている」という感覚が伝わってきたんですよね。この並澤さんは「神作画」と評価を受けるほどのアニメーターで、作中でもいわゆるオタク代表のポジションを担っていることから、この場面の意図としてはオタク描写の一環だったのかもしれませんが、いかに作品に入り込んで製作している人間なのか、アニメという虚構の世界を本物たらしめているのはどんな人間の想いなのかということが伝わる場面になっていると感じました。
 
 アニメ初回の放送が終わり、王子から「第一話観たよ。面白かった」と声を掛けられた時の瞳が、気付かれないように感極まった顔をするのも、ちょっと声出して泣きそうになった部分です。ここも序盤なので、特にクライマックスでもないし、王子に憧れている瞳にとっては、当然のリアクションではあるんですけど、瞳がどこに熱を持っているのかをきちんと伝えてくる吉岡里穂さんの演技が素晴らしく、思い切り引き込まれてしまいました。
 
 物語の始まり時点で、瞳の初監督作品の製作がスタートしているので、そこに至るまでの苦労や葛藤は描かれていないんですけど、どういう思いをしてその道を進んできたか、どんな想いでその場所に立っているのかを、吉岡里穂さんの演技は、台詞や状況説明をすることなく語ることが出来ていたと思います。それ以外の人物たちも、人生の厚みを感じさせる演技で、主人公は瞳ですが、焦点がそこだけではない、群像劇的なドラマになっていると思います。
 
 王子千晴を演じる中村倫也さんの演技も、一般のイメージ通り、人を食ったようないつもの中村倫也演技でありながら、その裏にある異質なものを表現する重層的なものでした。
 アニメ製作へのこだわりから見える熱い感情、自分が書けなくなるかもしれないという恐怖など、クールな表層部分とのギャップは最高です。クセのある二枚目という役どころが多い中村倫也さんの演技で、最も感情が滲み出る役だったと思います。
 
 基本的に各キャラに対して否定的な描き方をしていないのが良いですよね。それが群像劇の要素にもなっていると思いますが、アニメが多数の人間の表現力による集合体作品ということをよく描いていると思います。どうしても、1人の監督による作家性によるものと思われてしまうかもしれませんが、決して監督1人で創られた世界ではないんですよね。
 そして、世間からの注目は監督1人に集まるということをよく理解しているからこそ、行城さんが瞳を広告宣伝の前面に押し出そうとするんですね。すごく理に適っていると思います。
 
 少し苦言を呈する部分があるとすれば、それぞれの熱い想いが「やり甲斐搾取」を生み出す恐れになっているんじゃないかというところですね。『サウンドバック』も『リデルライト』もスケジュールギリギリの進行、直前での改変などがクライマックスで描かれています。もちろん作中では全員が作品のために一丸となって乗り越える姿として描かれるんですけど、現実で考えると作画の下請け会社などはたまったもんじゃないと思うんですよね。
 有科さんが頭を下げて頼みこむのが美談のようになっていますが、やっている行為は結局、「断ったらこれからの付き合い考えるけど?」と言っているのと、そんなに変わりないんじゃないかと感じてしまいました。
 現実にアニメーターの仕事量と給与のバランスの悪さが問題視されているのもあり、クリエイティブにこだわることが、必ずしも正しいわけではないということもメッセージとして描いて欲しかったようにも思います(もうちょっとこうして欲しいと思っている時点で、相当この作品にハマってますね)。
 
 ただ、それを補って余りあるくらい、劇中劇のアニメ作品が素晴らしい出来になっているんですよね。多くの人の苦労が昇華された作品として、凄く説得力を持っています。
 『サウンドバック』も『リデルライト』も、当然、物語の一部分しか登場しないわけですけど、あらすじや設定などはしっかりとしていて、普通にアニメ製作されそうな企画だし、何よりもその最終回は、いわゆる「神アニメ」と称される作品のテンションを持ち合わせて描かれています。そのテンションが、『ハケンアニメ!』という作品全体のクライマックスを増幅させてくれているんですよね。
 
 今作で描かれているのは、傑作と称されるようなアニメ作品の、製作の舞台裏なわけですけど、そのさらに裏では、これだけの熱量を持っていても噛み合わず、駄作と呼ばれてしまうような作品も決して数少ないわけではないと思うんですよね。
 現在、大量のアニメ作品が、1クールごとに製作されているわけですけど、視聴者としては、それを「消費」するように観ている事に罪悪感のようなものを抱いてしまいます。
 アニメに限らず、映画・漫画・小説など、エンタメのものづくり全般的な業界が、きちんと潤うようになることの重要性を感じさせられました。そして、クリエイターの方が万が一この感想書きを目にした時に、心に刺さるようなしっかりとした感想を書いていきたいと、改めて襟を正す思いです(的外れな批判をしている時もあるかもしれませんが…)。


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