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映画『ザ・ホエール』感想 自身への罰は他者への償いにならない

 流石のオスカー主演男優賞ではありますが、個人的には刺さりませんでした。映画『ザ・ホエール』感想です。

 オンライン授業の講師として生計を立てるチャーリー(ブレンダン・フレイザー)。オンラインカメラに映らないその姿は、272キロの体躯を持て余す巨漢の男だった。チャーリーは、ボーイフレンドのアレンを失った悲しみから立ち直れず、部屋に引きこもったまま過食を繰り返す生活の果てに、心不全の発作にも悩まされていた。アレンの妹で看護師のリズ(ホン・チャウ)からの世話を受けてはいるが、入院を促すリズの説得を、チャーリーは頑なに拒否し続けていた。
 自身の死期が近いことを悟ったチャーリーの望みは、8年前にアレンと暮らすために別れたため、会えなくなっていた娘・エリー(セイディー・シンク)との関係を修復すること。チャーリーはエリーに連絡を取り、久々の再会を果たすが、家族を捨てたゲイの父親に対して、エリーは憎悪を募らせていた…という物語。

 『レスラー』『ブラック・スワン』で知られるダーレン・アロノフスキー監督による最新作。舞台演劇の脚本を原作としており、アカデミー賞を『エブエブ』が席巻する中で、ブレンダン・フレイザーが主演男優賞に輝くなどの高評価を得た作品です。
 
 余命いくばくもない父親と娘の触れ合いを描く感動作、みたいなあらすじのようにも見えるのですけど、やはりそのような凡百のシナリオでは全くない作品になっています。言ってしまえば死にゆく男の醜さ、汚らしさ、恐ろしさというものを、オブラートに包むことなく描いていると思います。
 オスカーの主演男優賞だけでなく、メイクアップ&ヘアスタイリング賞も獲得しているわけですが、チャーリーの272キロの巨躯を再現する特殊メイクが、その部分を最大限に表現していますね。デブ姿で笑いを取るようなものでは全くなく、ここまで太ってしまった人間の生活がどれほど大変か、どれほど危険なものであるかを描いています。ブレンダン・フレイザーが演じる体の重たさ、骨にどれほどの負担が掛かっているか、贅肉と贅肉の間に不衛生な匂いが画面から伝わるような演技は壮絶なものがあります。
 
 チャーリーがそういった状況に追い込まれた(自身を追い込んだ)のは、恋人の男性を失ったショックと、その生活を選ぶために捨ててしまった娘に対する自責の念なわけですけど、もっと直接的な要因であるアメリカの食文化問題としても描いているように思えます。チョコバーにホットドッグ、デリバリーのピザといった食事で過食を繰り返すチャーリーの姿は極端なものとして描かれていますが、これらの食物自体は、アメリカンフードとして何ら不思議のないものだと思います。
 つまり、この食事の仕方をしている多くの人が存在していて、チャーリーと同じ状況になる予備軍の人々が、実際に数多くいるのだと思います。チャーリーは「セルフネグレクト」としての過食行為になっていますが、それが引き返せないところまで早くに到達してしまえるということを問題としているように感じられました。
 
 そういった目を覆いたくなるような状況を描いた作品ではあるんですけど、その醜さの中にあるチャーリーの切実なエリーへの愛、チャーリーを最期までケアするリズの優しさが際立って浮かび上がる、美しさを持った作品でもあります。醜い体躯に反して、ブレンダン・フレイザーの瞳の美しさは非常に印象的です。
 今作で描かれている人々は、トーマス(タイ・シンプキンス)という宣教師が持ちかけてくるようなキリスト教の救いを否定するものになっていますが、チャーリーの親としての愛、リズの献身的な友愛は、逆に宗教的な神々しさを放っているようにも思えます。
 
 ただ、それが美しい物語として感動出来たかというと、個人的には少しこちらの心に沿わない部分も大きかったんですよね。チャーリーがエリーに何か遺してやりたいと四苦八苦するのはわかりますが、結局自身の身体を痛めつける過食、自暴自棄になる姿は最期まで変わることはなかったのが、あまり納得いかないものでした。
 もちろん、チャーリーの怠惰から来るものではないし、その状況から抜け出せない依存の恐ろしさを描いているのはわかるんですけど、まず他者を大事にする、他者に何かを与えるならば、自分を大事にする意識が、少しでも芽生えないと、説得力が無いようにも思えてしまいました。

 さらに、エリーに対しての愛情よりも、あれほど尽くしてくれているリズに対して、チャーリーが謝るだけというのも、ちょっと身勝手過ぎやしないかと思ってしまいます。リズだって、兄を失ってチャーリーと同じくらい心理に負担がかかっているはずなんですよね。
 
 チャーリーにとっての償いが、終始自分を痛めつける行為になってしまい、元妻のメアリー(サマンサ・モートン)やエリーに対する償いになっていないように思えます。終盤でチャーリーが到達する「自分の気持ちに正直であれ」というメッセージは、真理的ではありますが、自分の気持ちを第一にし過ぎているようにも感じられてしまいました。
 
 自暴自棄になってしまう男の末路を描くというのは、『レスラー』とも近いものがありますが、あちらはレスラーという職業を全うする道を選んだ結果でもあるので納得がいくし、感動もありましたが、今作でのラストも感動的ではあるものの、ちょっと納得いかない気持ちが残ってしまいました。エピローグがないというのは、何をチャーリーが遺したのか、観客に探させるということなのでしょうが、納得がいかなかった自分としては、遺したものを受け取ることが出来なかったような寂しい気持ちを感じるものでした。

 ただ、自分自身が生へ向かうエネルギーある物語を欲していたのが、何となく意外で、それに気付けたという点で意義のある映画鑑賞となりました。


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