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映画『マイスモールランド』感想 悲劇を強さに変える作品 

 酷い社会制度と、人間の美しさの対比が素晴らしい。映画『マイスモールランド』感想です。
 

 埼玉県に住む17歳のサーリャ(嵐莉菜)は、幼い頃に住む地を逃れて日本で育ったクルド人。父のマズルム(アラシ・カーフィザデー)、妹のアーリン(リリ・カーフィザデー)、弟のロビン(リオン・カーフィザデー)との4人家族での生活で、厳格な父に従いクルドの風習を守って暮らしているが、日本で暮らす時間の方が長いサーリャたちにとっては、同世代の若者らしく暮らしたいという思いがあった。
 ある日、サーリャたちの難民申請が不認定となったとの知らせが入る。在留資格を失い、県外から出ることも、働くことも制限された生活にサーリャは不安を覚える。そんな中、コンビニのバイトで出会った崎山聡太(奥平大兼)の優しさはサーリャの拠り所となっていた。だが、ついにマズルムが不法就労で、入管施設に収容される。マズルムはサーリャを大学に行かせたい一心で、働きに出てしまったのだった。マズルムの拘束はなかなか解かれることなく、サーリャたちの生活は次第に追い詰められていく…という物語。

 是枝裕和監督の助手などを務め、今作が商業長編映画デビューとなる川和田恵真による監督・脚本作品。川和田監督自身も、日本とイギリスのハーフなので、その経験が多分に含まれた物語であることを想像させます。
 主演を務める嵐莉菜さんも、本作が映画初主演にして初出演。実際にはクルド人ではなく、母親が日本とドイツのハーフ、父親がロシアやイラクにルーツを持つ元イラク人で日本国籍を取得しているという、複雑なルーツを持っているそうです。今作で登場するサーリャの家族は、嵐莉菜さんの実際の父・妹・弟の本人たちが演じているという点も、大きな特徴です。
 
 移民・難民問題を扱ったということで、同じく今年公開された『ブルー・バイユー』が連想されますが、まさしくその日本版というべき作品になっていると思います。アメリカを舞台にしていた『ブルー・バイユー』ではダイレクトな人種差別が描かれているのに対して、日本が舞台の今作では直接的な差別ではありませんが、サーリャたち家族が真綿で首を絞めるような遠回しな追い詰められ方をする描写は、やはりこの移民問題が世界共通の問題であることを感じさせます。
 
 ただ、難民として逃れてきたクルド人を善良で可哀想な人々として描くというよりも、あくまでサーリャ個人に焦点を当てているように思えました。サーリャはクルドの言葉も日本語も自由に話せるため、高校生でありながらクルド人コミュニティの人々の世話もして、自身の進学のためにバイトもするという、言ってしまえば「ヤングケアラー」のような重責も担っています。
 父親マズルムの振る舞いも、善良な人間ではあるけれど、父親の方針が絶対という、前時代的なもので、サーリャへのプレッシャーとなるし、結婚相手は親類筋など近しい人間から親が決めるというクルドの風習も、サーリャが疲弊していく要因になっています。
 つまり、国の制度に虐げられる外国人移民という図式だけでなく、クルドと生まれ育った日本の間で引き裂かれそうになる少女というのがメインの物語になっているんだと感じました。
 
 日本の難民に対する受入制度の問題はニュースでも取沙汰されておりますが、改めて物語で目の当たりにすると罪悪感のような重たさがのしかかってきます。『ブルー・バイユー』では、人種差別をする人間が、ある意味、悪者のような役を引き受けているわけですが、今作でクルド人を苦しめるものは「制度」という実体のないものなんですよね。誰が決めたものかというのも説明されないし、人々がただ諾々とそれに従ってしまうというのも、悪い意味でいかにも日本的と感じます。
 
 普通の物語であれば、サーリャたちに手を差し伸べる周囲の人間を、もう少し多く登場させそうなんですけど、今作ではあまりいないというか、弁護士の山中(平泉成)も、担任教師の原(板橋駿谷)も、事情は知っていても、ほとんど有効な手立てを打つことが出来ないんですよね。これは現実的にもそうなんだと思います。一番近いところに位置することになる聡太にしたって、ただ寄り添うことしか出来ていません。
 
 ただただ覆ることのない制度に追い詰められていく様は、観ていてかなりストレスに感じる作品です。けれども、現実の当事者たちは、それを遥かに上回るストレスを味わっているということなんですよね。サーリャたちの部屋が荒れていくショットは、是枝監督の『誰も知らない』を想起させます。この辺りは川和田監督が師匠の影響を感じさせる部分ですね。
 
 ただ、社会問題に切り込んだ作品ではあるんですけど、サーリャと聡太の青春物語という部分もしっかりとある作品なんですよね。背景の移民問題が残酷であるほどに、サーリャと聡太の互いを想い合う姿が美しくなっていくという、哀しい爽やかさを持ち合わせています。聡太役の奥平大兼さんが、眉目秀麗というよりはボヤッとしたお顔なんですけど、すごく雰囲気があって、さりげない優しさを見せる演技が良いですね。こういう何気ない言葉で安心を与える人に憧れます。
 
 そして、初主演となる嵐莉菜さんの顔立ちの美しさは、観れば分かる通り際立っていますが、見た目だけのものではないんですよね。中盤で疲弊し切って美しさがくすんでしまう所からの変化は素晴らしいものがあります。もちろん、初演技ということで器用な感じではないんですけど、複雑な出自を持つ自身の経験もあるのか、とても真に迫る演技だと思います。

 特に、終盤でサーリャが生き抜く決意をしてからの顔立ちは、最初の見た目の美しさとは、全く別の美しさを備えていたと思います。一人の少女が変化する瞬間を捉える物語だということがはっきりとわかるものになっています。とても辛いことが起きる作品ですが、この部分は本当に感動的な美しさだと思います。
 
 ドキュメント的な作品ではありますが、それだからこそ物語的な脚本の巧みさが随所で際立ちます。先述のサーリャと聡太の関係性もそうだし、序盤の家族でラーメンを啜るか、啜らないかという他愛のない会話を、あんな形で親子の絆として持って来られるとは、まんまと泣かされてしまいました。
 
 『ブルー・バイユー』の感想もそうでしたが、今作も相当な悲劇を描いていながらも、鑑賞後には辛さよりも強さをもらえたような気になります。終盤のサーリャの美しさは、このクソみたいな世界には負けないという強い意志を感じさせます。
 芸術で世界を変えることは難しいかもしれないけど、世界を変える力を人に与えることが出来る。そういう類いの傑作だと思います。


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