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映画『ブルー・バイユー』感想 この後のハッピーエンドは現実で

 子役で泣かせるという手を使っているのが卑怯と感じないくらいに号泣。映画『ブルー・バイユー』感想です。

 アントニオ・ルブラン(ジャンスティン・チョン)は、韓国で生まれた後、3歳の時に養子として移住してから、アメリカのルイジアナ州で暮らしている。愛する妻のキャシー・ルブラン(アリシア・ヴィキャンデル)と、その連れ子であるジェシー(シドニー・コワルスケ)との生活は、アントニオにとってかけがえのない幸せなものだった。だが、タトゥーの彫り師として生計を立てるアントニオの収入は決して裕福ではなく、キャシーが妊娠していることもあり、アントニオは生活に不安を覚えていた。
 ある日、家族で買い物中に、キャシーの前夫で警察官のエース(マーク・オブライエン)と鉢合わせになる。エースは娘であるジェシーに会わせるよう要求してはキャシーから拒否されていた。アントニオはエースら警察ともみ合いになり、連行されてしまう。無事、不起訴となるが、30年以上前のアントニオの養子縁組には書類不備があることが判明。司法は韓国への強制送還という決断を下す。アントニオとキャシーは裁判で争おうとするが、その費用を用意する余裕はなかった…という物語。

 アメリカの80年代から90年代の養子縁組不備で、国外追放される人々の問題を訴えた作品で、韓国系アメリカ人俳優のジャスティン・チョンが監督・脚本・主演を務めています。2021年のカンヌ国際映画祭での上映では、8分におよぶスタンディングオベーションで喝采されたそうです。

 脚本構造としてはものすごくシンプルで、主人公一家をひたすらに善なる美しい人々として描いて、それを引き裂くものとして、法律や差別意識という闇があるというものです。物語としてストレート過ぎる感じはあるんですけど、それを補って余りある切実さが、この作品には溢れていると思うんですよね。移民問題を扱う選択をした、監督主演のジャスティン・チョンの覚悟みたいなものが表れているように感じました。
 今作は、アメリカでの移民問題ですが、今後、日本や世界各国で移民・難民の問題は、遠い出来事ではないものになっていくと思うので、今創られるべき物語だったと思います。

 とにかく、アントニオとキャシー、ジェシーの仲睦まじく平和に暮らす姿が、愛おしいものとして描かれているんですよね。ただ、これほど申し分なく完璧な家族であるはずなのに、アントニオの自信なさげでどこか焦っている雰囲気や、ジェシーの不安感というものも描かかれています。これが、その後の一家の受難を示唆するだけでなく、それぞれに悩む想いがあるというものになっています。

 ジェシーはアントニオを父親として慕いながらも、実の父親と別れたことと同じように、新しく子どもが生まれたら、自分が捨てられることを恐れているんですよね。そしてアントニオは、養子先で虐待されたことがトラウマになっており、さらにその前の記憶で実の母親の手で溺死させられかけたことが原体験としてあるために、家族を持つことに自信を持てきれない人間なんですよね。
 幸せで完璧に見える家族ですが、それぞれに不安を抱えている歪さが、移民問題だけでない、この物語が持つ哀しさを重層的なものに仕上げています。

 アントニオは、過去にも、この物語の中でも、いくつかの過ちを犯してしまいます。ここに感情移入出来ないという感想も見かけました。確かに選択として正しいものでは全くないとは思います。
 だけど、法に触れる触れない関係なく、人生で正しい選択だけをすることなんて不可能だと思うんですよね。それも、これだけの過去を抱えて苦悩している人間なら、なおさらだと思います。これを自己責任という言葉で切り捨て続けた結果が、今作で描かれている理不尽な法律だと思うんですよね。「自己責任」という言葉を使う際の、無責任さこそ批判されるべきだと思います。
 アントニオの罪や過ちは、家族として愛されなかった記憶、虐待されたトラウマの体験、そして移民としてのアイデンティティの喪失という、複合的な要因によるものという描き方なんだと思います。

 そして、それを救うのが妻と娘だけでなく、似た境遇であるパーカー(リン・ダン・ファン)なんですよね。彼女はベトナムからの難民として故郷と家族を喪い、自身も病いに侵されているという、よりシビアな人生なんですけど、取り乱すことのないどこか達観したような佇まいは、欧米とは違う仏教的なものを感じさせます。同じアジア人にシンパシーと安らぎをアントニオが覚えるというのも納得のいくものだし、かといってアントニオがアメリカと相容れないというわけではなく、どこで生きようと、自分が生きていることが自身のアイデンティティだということを、パーカーがアントニオに教えてくれているのだと思います。

 物語は哀しいのに、画面には物凄く愛が溢れていると思うんですよね。アントニオ一家はもちろん、悪友たちとの友情や、前夫のエースですらも親としての情を見せてくれるんですから。
 だけど、それが法律の冷たさを際立たせているんですよね。号泣必至のラスト、固く力強く繋いだ手が引き剥がされるシーン、すごく上手な撮影になっています。手を離したくないという力と、引き離そうとする力、双方の力をあれほど感じさせる場面は類がないです。劇場で鼻をすする音の何と多かったことか。

 今作は悲劇ではあるんですけど、そこまでの悲壮感は感じなかったんですよね。先述のように人の愛に溢れた描き方をしているのもありますが、その後のハッピーエンドを想像させる余地があると思います。それは楽観ではなく、その描かれていない結末のためには、現実を変えないといけないという想いが込められているからだと感じました。

 現実を変えるためのエネルギーとメッセージを与えてくれる、物語というものの役割を120%果たしてくれている作品です。大傑作。


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