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映画『1秒先の彼』感想 スローペースであることの尊さ

 控えめなのに、しっかりした主張の演技が出来る清原果耶さんの天才振りが見所。映画『1秒先の彼』感想です。

 京都の郵便局に勤める皇一すめらぎはじめ(岡田将生)は、幼い頃からワンテンポ人よりも早く、徒競走ではフライング、郵便配達のバイクはスピード違反を繰り返し、顔は良くとも中身が残念と言われる始末。そんなハジメは、路上ミュージシャンの桜子(福室莉音)に恋をして、デートを重ねる。弟の手術代が必要という桜子の言葉を信じ、花火大会でのデート終わりで大金を渡そうと出かけるが、気が付くとハジメは翌日の朝を迎えていた。失った1日に何があったのか、ハジメはどうしても思い出せないが、その不思議な出来事には、幼い頃からワンテンポ人よりも遅いレイカ(清原果耶)という女性が関係していた…という物語。

 台湾の映画『1秒先の彼女』を、男女設定を逆転させて、日本の京都を舞台にしたリメイク作品。監督を務めたのは『リンダ リンダ リンダ』『リアリズムの宿』で知られる山下敦弘監督、脚本は宮藤官九郎さんという、リメイクとは思えない個性の強い布陣になっています。
 元となった作品は未見でしたが、評判が良いというのは聞いていて気になっていた作品でした。その上、監督と脚本のタッグの強さ、そして岡田将生さんとヒロインが清原果耶さんというのにも惹かれて観てまいりました。
 
 一応、ラブコメという括りになるとは思いますが、かなり漫画的な世界観ですね。ハジメの職場である郵便局員同士のやり取りも、リアリティあるものではないし、メインとなる出来事もSFすこしフシギ的で、荒唐無稽であることを前提とした方が楽しめる作品だと思います。
 ただ、荒唐無稽であることを考慮しても、設定や脚本的には、やや大きめの穴がある作品だと感じました。
 
 不思議な出来事を描く際には、科学的な説明はなくとも、「そういうことが起こる世界」ということが表現されていれば充分なはずだと思います。その描き方であれば、今作はちゃんと成功していると思いますし、クドカンのオリジナルと思われる、止まった世界で動く人々の理由も、ユーモラスでありつつ、世界観の範囲内で理路整然としているもので上手い作りだと思います。
 けれども、世界全ての1日が止まっていたはずなのに、ハジメだけが1日を失ったことに気付き、他の人が当然のように過ごしているというのは理屈に合わないんですよね。荒唐無稽ではあっても、その世界観に合う理論が無く、観ていてノイズになってしまう部分でした。
 
 じゃあ、この作品が駄作かというと、そういう印象はあまり抱きませんでした。それはヒロインのレイカを演じる清原果耶さんの演技、その控えめだけど大きな存在感によるところが大きいです。序盤から画面に少し見切れる形で存在を感じさせ、登場してからも、自己主張の出来ない人間であることを観客にはっきりと印象付けられます。自己主張が出来ないことを主張させる演技って、なかなか難しいと思うんですよね。
 レイカという娘が、何を想っているのか、後半まで明かされないんですけど、その感情のようなものは伝わるようになっていて、ミステリアスな思わせ振りにはならずに、引き込まれるような魅力が、清原果耶さんの表現で成り立っていると思います。
 
 それと、京都というロケーションの素晴らしさも、この作品の質を高めています。後半のバス巡りもそうだし、何よりも、止まった世界を自転車で駆けるレイカのシーンだけでも観る価値ある、映画的な魅力溢れるものになっています。価値観のサイクルスピードが速くなる一方の現代で、スローダウンするという価値を改めて伝えてくれる場面になっています。
 
 「想い想われる」という魅力を描いているのは成功していますが、テンポの違う2人の魅力、そのすれ違いが重なる快感みたいなものは、ちょっと消化不良かもしれません。もう少し、ワンテンポ早いハジメと、遅いレイカならではのすれ違いを観たい気もしました。
 ちょっとテーマが伝わってこない物語ではありましたが、観ていて幸せになれる、可愛らしい映画だったと思います。
 それと、計らずも遺作となってしまった笑福亭笑瓶さんのラジオDJの声、写真屋店主役の姿に、こみ上げるものがありました。改めて、ご冥福をお祈り申し上げます。


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