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映画『君だけが知らない』感想 異様に伏線回収巧みなメロドラマサスペンス

  風呂敷の畳み方だけなら、今年イチ。映画『君だけが知らない』感想です。

 病院で目覚めたキム・スジン(ソ・イェジ)は、事故で全ての記憶を失っていた。夫と名乗るイ・ジフン(キム・ガンウ)の献身的なサポートにより、記憶は戻らないながらもスジンは退院するが、不思議な幻覚を見るようになり、それが未来に起こる予知のように感じられる。スジンは、人が殺される幻覚を見て、予知だと考え取り乱すが、医者からはデジャ・ヴュだと窘められ、夫もまともに取り合ってくれない。スジンは、夫のジフンが事故前から予定していたというカナダ移住を急いでいること、人殺しの予知映像がジフンの犯行のように見えることから、夫であるはずの男に不信感を抱き始める…という物語。

 ソ・ユミンが、監督と脚本を務め、映画デビューとなる作品。たまたま映画館で観た予告編が、見事な出来映えだったので、観てみようとなりました。ありきたりな恋愛メロドラマと思わせる導入から、サスペンスへと転換するのが予告で見事に表現されているんですよね。かなり巧い編集の仕方をしていると思います。

 ネタバレ厳禁という感じの物語なので、語ることが難しいのですが、脚本の妙が詰まった映画ですね。韓国映画作品は隙が無い緻密な脚本が常識となっていますが、その実績がまた一つ積み上げられたと思います。
 記憶喪失の主人公が、夫と名乗る男に疑いの目を向ける展開は、さほど珍しくもなく、TVの2時間サスペンスみたいなありきたりな空気が続きます。そもそも予知能力をヒントに事件の全貌を知ろうとするなんてSF展開が今ひとつ乗れないかも、なんて思って観ていたんですよね。予知によって見知らぬ子どもを救う場面も、子どもが何のリアクションもせずに立ち去るのが違和感あって、上手くない演出だなとか思ってしまっていました。
 ところが、後半で事件の全容が判明し始めてからは、そのありきたりな状況、現実味のないSF展開が、全てきちんと理由付けられてくるんですよね。なぜ、子どもが一切リアクションを取らなかったのかも、リアリティがあるかは別として、しっかりと理由ある演出だったのが判るようになっています。この風呂敷の畳み方が実に見事で、今年一番納得する真相を見せつけられてしまいました。
 
 この作品で起こっている事件や、人間関係、そこから生まれる感情などは、正直さほど特殊なものではなく、スタンダードなドラマのパーツだと思うんですよ。けれども、サスペンスやメロドラマとしてはありきたりなそのパーツを、バラバラにして緻密に組み立てて、様々な細かい伏線を張り巡らしながら、しっかりと回収していく脚本力に感心させられます。
 
 予告編では、メロドラマと見せてサスペンスへと切り替わる点が強調されていますが、真相が判明した後、やはりメロドラマに戻っていくというのも、憎たらしいほど巧いですね。真相を知ったうえで最初から観ると、ものすごく哀しい恋愛ドラマになっているんですね。我慢できずに書いてしまうと、ただの偽造と思っていた結婚式の写真が、あんなシーンに繋がるとは思いもよりませんでした。
 
 いわゆる「韓流もの」のイメージを覆しつつも、その流れにきちんと沿った作品であるように思えます。物語が、事件と登場人物の関係性を描くことに終始したものなので、社会性の背景やメッセージ性などは盛り込まれていないのが物足りなく感じる部分もありますが、脚本の隙の無さ、綻びが無く綺麗にまとまっているというだけなら、今年一番の映画かもしれません。これがデビュー作とすると、ソン・ユミン監督のこれからの作品も大いに期待出来そうです。


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