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死んだあとに友達に見せるためのブログ

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最近の記事

30歳で死ぬ

これは僕の周りの親しい人に何度も言っている。 こんな話しをされて嬉しい人なんていないし反応に困るだろう。 それは僕もわかっている。 じゃあ何故話すのか。 止めてほしい訳じゃない。 それは自分を追い込む為だ。 僕は自分のやりたい事があったら友人などにそれを伝える。 伝えた以上、それに向かって頑張らなくてはいけない。 だから30歳までに死ぬと伝えているのも同じ意味でだ。 これはやらなくても周りは僕を責めたりはしない。 けど僕は周りに伝えた以上やり遂げる自信はあ

    • 数日前までは桜が満開でしたが、春の嵐で桜は散り散りしてます。 春という季節は気持ちを新しく持ってくるのにちょうど良い季節です。 しかし自分の場所を再認識させられる季節でもあります。 自分という人間が去年からどれぐらい成長したかという、決算月になります。 僕の場合は去年と比べると横ばいです。 殆ど何も変わっていません。 変わったのは年齢ぐらいです。 病気も希死念慮も生きるやる気も一緒です。 良くも悪くも安定してます。 安定しているのは良いことなのかもしれません

      • なぜ?

        僕の理想とし、僕には成れない人間性。 対となる存在。 僕はこの人に近付きたいとも離れたいとも思う。 こんな自分と仲良くしてくれるのは嬉しい。 けど距離を縮める事に自分の醜さが照らされ死にたいと思う。 その真っ直ぐな優しさに嫉妬するしイラつく。 優しさでいっぱいのメッセージに僕は初めて既読無視する事にした。

        • コンプレックス

          僕は軽い吃音持ちだ。 そのせいで、いつも困るのは名字がスラスラ言えない事だ。 不思議な事に僕は喋る前に吃るのはなんとなく感じ取る事が出来る。 だからそういう時は言葉を言い換える事で回避出来る。 だけど名字は別だ。 自己紹介では絶対に言わなければいけない。 人と関わるのは好きだし、ずっと喋っていたいって思う。 しかし吃音が邪魔をしてくる。 もっとスラスラと話せたら…。 浮かんだ言葉を言い換える事なく思った様に話せたら…。 吃ることに周りが気にしなくても自分は

        30歳で死ぬ

          30歳で死ぬ

          これ20歳になった辺りで決めたこと。 そして20代半ばでもその気持ちは変わっていない。 なぜ死ぬタイミングを決めているか。 それは終わりが見えている方が楽だからだ。 あとどれだけ走ればいいかわかっていると予定も立てられる。 僕はどうなるかわからない未来に不安と怖さしかない。 若さという取り柄が無くなった時はしんどさは今の倍となって襲ってきそうだ。 けどあと5年後や10年後ぐらいなら自分の思い通りに生きられる気がする。 (双極性障害と診断される事は想定外でしたけど

          30歳で死ぬ

          趣味だったこと

          昔は深夜散歩が好きだった。 今は実家に住んでいるから意味もなく深夜に出歩く事は出来ない。 少し前までは人口の多い街に一人で暮らしていた為、自由にふらついていた。 いつもの街が深夜になると別世界になるのだ。 住民が多い街ほどその変化は大きくなる。 日中は車がひっきりなしに行き交う片側二車線に車が全く走っていない。 それをいいことに僕は車道の真ん中で音楽を聞き目を瞑って歩いた。 普段はできない事に興奮した。 街は街灯で照らされ不自由なく歩く事が出来る。 なのに人

          趣味だったこと

          存在

          死んだ後のイメージってとっても楽しいです。 僕が生きていなくても世界は変わらず周り続けるんですけどね。 それでも僕が死んだ後に周りに与える小さな波を考えている時ってのは何故か心地良いです。 すごい変な話ですが、僕が死んだ時に悲しんで泣いて欲しいって思ってしまう友達がいます。 その友達は僕の中では大きな存在ですが、友達にとっての僕は大した存在ではないような気がします。 その大きさを確かめる為に僕は死んでしまいたいと考える事もあります。 僕がその人から大きな影響を受け

          死んだあとの世界

          僕が死んだらこの世界は無くなると思ってます。 今これを読んでいるあなたも僕が死ねばいなくなります(笑) この世界は僕の世界で、僕のいないところでは動いていません。 ゲームで違う場所に行くと読み込みが入るように、僕が移動したら読み込みが入るだけと思っています。 こんなに自分勝手な考えをしているのに、何故死にたいと思うのでしょうか? 他人なんて関係ないって思いは根本にあるはずなのに人が怖く感じる時があります。

          死んだあとの世界

          変な趣味

          僕には趣味と言えるくらい嵌っているものはない。 ゲームやアニメや映画、音楽にアイドルにもほとんど関心がない。 だけど、もし一つあげろと言われたら 「スーパーの売り場を見る」 だ。 昔から馴染みのある地元のスーパーでさえ居ようと思えば何時間でもいれる。 旅行をした際だってそうだ。 観光地に行くより、断然楽しい。 その店の生鮮食品やお惣菜、お菓子売り場を眺めるだけなのだが何故かずっと見ていられる。 年末年始に東京へ旅行をしたのだが、その時もスーパーを巡ってしまった。

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          首を吊ろうとした日

          確かこれは2021年の3月頃だった。 初めて行った精神科には薬を処方され、少し通っている間に症状が改善したので勝手に治ったと判断し行かなくなっていた。 少しの間はマトモになっていたけど、徐々に状態は悪化してきていた。 一番辛かったことは寝られない事だ。 寝付けずに気付けば朝なんて事は何度も。 寝ても悪夢しか見れない。 そんな日々が続いてきた。 希死念慮も自殺企図へと変わっていった。 この前の失敗から遠くの場所は辞めようと思い、近くで死ねる所を探した。 当時は

          首を吊ろうとした日

          死ぬ日程を決めた時

          2020年夏頃に、自殺決行日を決めた時があります。 その瞬間は、今まで苦しかった生きる事への悩みから一気に解放された気分でした。 今でもその清々しさを覚えています。 その決行日以降の事は考えなくていいという気持ちは本当に楽でした。 毎日起きる度、寝る度、日中もずっと胸が苦しく死にたかった・・・ その問題が解決するのだから当然でしょう。 結局は怖くて死ねなくてこの問題は再燃してくるんですけどね。 当時はとある自殺スポットで死のうと決めていて、朝始発で向かっている途

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          死にたさは生きる面倒くささから

          健康に過ごしたらあと50年以上生きるんでしょうか? 10代の頃からしんどくて今も死にたいのにまだまだ続くことを考えたら恐ろしいです。 何もにもない日々を送るのがすごく苦痛です。 何か日常を変えるようなアクションを自らで起こす勇気などはないですが…。 何かが起こるまでじっとしているのが僕です。 それなら自殺するという手段が手っ取り早く、簡単で魅力的に見えます。 一人では怖いですけどね。 もし自殺をしようと誘われたらすぐに乗るでしょう。

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          希死念慮が日常に

          毎日の様に「死にたいな〜」って考えています。 もう「死にたい」と考える事が当たり前のように日常の一部と化してしまっているんです。 多分病気になる前はここまでは酷くはなかったでしょう。 病気の症状が一番重かった時よりはマシですが…… しかしこうして積もり積もった思いがいつか僕が耐えられないほどに増大して崩壊するかもしれません。 死にたいけど死にたくないです。 その為にも何か人生に生きる希望を見出さなくてはいけないのかもしれません。 数年後までにしたい目標などはあ

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          たとえば僕が死んだら

          この歌が僕は好きです。 この曲きっかけで森田童子さんのファンになりました。 もし僕が死んだらどうなるんでしょうか? 悲しんでくれたり泣いてくれたりする人はいるんでしょうか? たまには思い出してくれるんでしょうか? 僕は自分が死んだあとの妄想するのが好きです。 自分の居ない世界はなぜだか気持ち良く感じられます。 生きている義務から逃げ出してみんなより早く死ねられる優越感は最高でしょう。 生きることが楽しいって人にはわからないと思います。 僕の周りはそういう人が

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          死にたいと死にたくない

          僕に死にたいと気持ちが芽生えたのは小学生の頃だ。 自殺を図ったりした事はないが、自分が死ぬ妄想はしていた。 それから10数年程経った頃に初めて自殺未遂をした。(首吊り未遂) その時は死ぬことしか考えていなかった。 死ぬことが苦しみから抜け出す唯一の方法だと考えていた。 僕は自分の気持ちを発信するのが苦手で周りに助けを求める事はしなかった。 今もそれは同じで周りの友人の殆どは僕が病気だと言うことは知らない。 だけどそれでいいと思う。 僕が友達に「死にたい」を話し

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          初めての海外

          コロナが流行るが世界中に広がる前、僕はインドにいた。 初めての飛行機で中国でのトランジット。 これだけでも大変だった。 しかしこれから一ヶ月インドに旅行が始まるのだ。 少しの怖さを持ちながらもワクワクの方が強かった。 なぜ初めての海外でインド?と思われるかもしれない。 東南アジア等で慣らしてから行く人が多いと思う。 だけど僕は逆だった。 まず最初に大変な旅を味わっておけば後々楽だろうという考えからインドを選んだ。 あと久保田早紀の「異邦人」という歌が僕は好き

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