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ショートエッセイ:隠れ里の沈黙

グンマ―のお話。

叔母の車で日本ロマンチック街道(が、今やそう呼ぶ人は誰もいないっぽい)を駆け抜ける。
村営の温泉にゆっくり浸かって、併設のレストランでオシャレな昼食を摂った帰り。秋の風は涼しく、身も心も気持ち良く満ち足りていた。
「この先を行くとね」
不意に叔母が口を開いた。
「平家の落人集落があるんだよ」
「フ~ン」
いや、落人集落なんてこの界隈じゃ珍しいもんじゃないし。
一寸思いつくだけで利根村の藤原とか中之条町とか。うちの先祖@みなかみ町にも落人伝承があるし、隣の栃木県には「平家の里」を売り物にしている湯西川温泉があるくらいだ。
「お前のお父さんがそのことを知って『面白い。行ってみよう』っていうのでみんなで行ってみたんさ」
「それで?」
「集落をね、道路がぐるっと円形に囲んだ形になっていてね」
まぁ、新興住宅地なんかにたまにある地形だね…。
「それで?」
「誰もいないんさ。住宅も畑もあるのにね。しばらく様子を見てても誰一人出てこないんだよ」

涼しい秋風がふっと寒くなった。
何か前にもそんな経験をしたことあるぞ…。

十数年前、旦那と奥琵琶湖をドライブした時である。
目的地は、菅浦という集落。昭和46年に奥琵琶湖パークウェイが開通するまでは、そこに行くには琵琶湖を船で渡っていくしかなかった秘境であり、"隠れ里"と呼ばれていた。
目的地で車を止めた私たちは、しばらく集落の中を散策した。
滋賀県らしく、立派な作りの家が多い。屋根はつやつや光る重そうな瓦に覆われ、壁はどこまでも白く、まるで一戸一戸が蔵のような作りである…。何か、変だな。

静かなのだ。
人っ子一人いない。
犬の鳴き声さえ聞こえない。
聞こえるのは湖の水のうねりのみ。

「隠れ里」


まさか…。ここ、観光ガイドにも普通に載ってるし? 観光客も来れば、ヤンマーの作業場とかもあるんでしょ? 百人くらい住んでるよ? 普通の生活の場だよ。
しかし、良い天気の平日の昼間なのに、皆様何やってたんでしょうか…。

私は、あのときの異様な沈黙を思い出して、少しばかりトリハダを立てた。
叔母の車は件の集落の入り口の前を通り抜けようとしていた。バス停があった。1時間に1本もないようなバスであるが、少なくともここは陸の孤島ではないのだ。

だから、いや、まさかね~。
父の車が集落に入った途端、誰かに発見され、
「余所者が入ってきたぞ~」
集落の人々は一斉にそれぞれの家に隠れ、緊急連絡網でそれぞれの隣人に

「余所者が入った。警戒警報警戒警報」


とあっという間に連絡が行き、皆様てんでに家の窓から父の車を監視して…いや、そんな訳ないよね。私の考え過ぎだよね。わはは。

しかし、それ以来私は、日本ロマンチック街道を通るのが一寸だけ怖くなった。
あの日私は、開きかけた扉を閉ざしてしまった。
だがいつか、好奇心に負けて、その扉を開けてしまうかもしれない。

そして、そこで何かを見つけてしまうかもしれない。


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