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人が喜んでいる姿を見れるのは悪くない気分

僕は一人が好きなタイプで、職場では仕事以外の話はほぼしませんし、
暇な時間があっても世間話を振ることはまずないです。

別に人が嫌いなわけではなく、あまり必要性を感じないというか、
職場には仕事をしに来ているのであって、馴れ合いをしに
来ているわけではないという割り切りがそうさせているのだと思います。

信頼関係なんて仕事をきちんと遂行したり、チームプレイが上手く行けば
勝手に構築されていると思っていますし、上っ面の会話なんて
要るのかな?という価値観です。

和気あいあいとしている雰囲気に参加する事もなく、かといって
軽蔑するわけでもなく、ただそこは自分の居場所ではないなと
思い傍観してるだけです。

そんな調子なので、僕は人によっては何を考えてるのかわからないという
印象を持たれてると思います。
無理もないですね。
でも正直そういう事は僕にとってはあまり重要じゃないので、
淡々と仕事をこなし、挨拶はきっちり、感謝、謝罪もきっちりしています。だけど女性が多い職場なので数少ない男で愛想は悪くないが寡黙という
のは、若干怖いと思われてる感じもします。
別に危害を加えるつもりは全く無いのですが・・・。

そういう感じでやってきてるのですが、
今日たまたま仕事である女性職員に資料の受け渡しをされた時、
面白い商品が有って「これ面白いですね」と言ったら
その女性がすごく嬉しそうに「そうですよねー」って笑顔で
言ってるのを見まして、少し話をしました。
僕みたいなおっさんと話して嬉しいのかな?と思いながらも、
笑顔を見れた事自体は悪くないなと思いました。

僕を普段怖いと思ってたのが少し緊張が和らいだのかもしれません。
その事は僕にとって重要なことではないのですが、
彼女の緊張が少しほぐれて安心したならそれは歓迎すべきことだと
思います。
かといって無理に世間話を振る気も能力もないので、
特に変わることはないのですが、意外と人は会話したいのだなという
実感もあり、どうしたものかなと思って記事を書きました。

僕は他人が嫌いなわけではないけれど、特段興味があるわけでもないというのが正直なところです。
僕が他人に興味がないように、他人も僕には興味がないだろうと思っていたので、僕と話して嬉しそうにしていた事は少し意外な出来事でした。

人の心の仕組みには興味があるくせに、目の前の人には興味がない。
普段本ばかり読んでるから、頭でっかちになって、こういう実践的な事に
疎いのだろうなと少し反省しました。
ただ、こうやって少し話をして、少しづつ相互理解が深まって、
職場の雰囲気がより良くなる事に貢献できるなら、それは良いことだなと思います。

ただ、何を話せば良いのかわからない。
いきなり「アドラーって良いですよね」とか言い出したら
逆に怖いでしょうし、「今日は寒いですね」みたいな話に
何の価値があるのかわからない。

僕は昔から言葉より、楽しい時間を共有することに重きをおいてきました。
ゲーセンで一緒にゲームをしたり、バンドで演奏をしたり、そういう事で
言葉の不要なコミュニケーションを用いて生きてきました。
それで十分信頼関係は築いてこれましたし、ゲームの話や、
好きな曲について友人と朝まで語り合ったりもしました。

ただ、仕事はそういう趣味嗜好の共通テーマがない場所なんですよね。
仕事場はプライベートな場所ではないから、趣味の話をする必要もないし
仕事の話だけしていれば良いと思ってます。
僕にとって仕事は人と一緒にゲームをするのと同じ
言葉の不要なコミュニケーションだと思ってたのですが、
人は仕事場でも意外と私的な話をしたがるものなんだなという
価値観の違いに戸惑っています。

僕から見れば、その人の仕事ぶりで、思いやりの有無などが
わかるので僕はそれで十分です。
僕も仕事はきちんとこなして、人としてそれなりの思いやりや
節度を持ってるから僕と話すこと自体に嫌悪する人は多くはないです。
ただ、話をしない僕を怖がる人も結構居ると言う事実。
まあ、特に女性は話すのが好きですからね。

そこら辺をどう折り合いをつけていくのか、今後の課題となりそうです。
世間話に意味を見出すことができるのだろうか?
芸術を嗜み、本を読み耽り、哲学に思いを馳せてばかりのくせに、
世間話一つまともにできないのはちょっとまずいかなと思いました。

苦手なもんは苦手なんですよー。
noteでは饒舌なのに。(笑

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