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《サス経》 森林破壊に加担しないことがビジネスの常識に

 今回取り上げるのは、5月にEU理事会が採択した森林破壊と森林劣化に関する規則についてです。
Council adopts new rules to cut deforestation worldwide (European Council)

 なぜここで欧州の規則を取り上げるのかと言えば、これは日本の企業にも今後非常に大きな影響を与えるであろうことが第一点、さらに言えば、これが世界のビジネスのルールや考え方の方向性が大きく変わる変化点になる可能性が高いと考えるからです。


EUの森林破壊と森林劣化に関する規則とは?

 この規則(以前はデューデリジェンス規則とも呼ばれていました)については、この数年私が企業活動と生物多様性についてお話をさせていただく時には、繰り返し繰り返しお伝えして来ましたので、もう聞き飽きたという方もいらっしゃるかもしれません。しかし、実際にこうした包括的な規則ができ、いよいよ来年から運用が開始されるというのはやはりビッグニュースですし、EUが森林破壊を事実上認めないという強い規則になることを考えれば、今後の経済活動に与える影響はかなり大きいと言わざるを得ません。

 その内容ですが、今後EU各国では、域内で流通する製品とその原材料は森林破壊に一切関わらないものにしなくてはならない事業者や貿易業者がそのことを原材料の最上流の生産地まで遡って確認し、報告する(デューデリジェンスする)義務を課すというのです。

 対象となる原材料としては、パームオイル、牛(牛肉、牛革)、木(木材、紙パルプ)、コーヒー、カカオ、天然ゴム、大豆の7種です。これらを直接扱う事業者はもちろんですが、こうしたものを原材料として使用する事業者もデューデリジェンスの義務を負います。したがって、例えば自動車メーカーや販売店は、販売する車に使用されている本皮シートやタイヤについて、それに使用されている原材料が生産地で森林破壊に関わってないことを調べてリスクがなかったことを報告する必要があるのです。

 もちろん洗剤などの消費財や加工食品は当然デューデリジェンスの義務がありますし、紙パルプが含まれているということを考えると、この規則と関係がない事業者はないと言ったほうがいいかもしれません。(ただし認証制度によってデューデリジェンスを代替することも認めるなどして、負担を軽減する措置も準備されるとのことです)


人権のデューデリジェンスも義務に

 そして今回の規則のもう一つすごいところは、物理的な森林破壊だけでなく、そうした森林を利用する地域住民等に対して人権侵害が発生していないことも同時にデューデリジェンスする義務を課したことです。すなわち生物多様性と人権の両方を、サプライチェーンを遡って調べる必要があるのです。もちろん、これは欧州企業に限定されるわけではなく、欧州で製品を売ろうとする日本など外国の事業者も対象となります。


罰金は最低でも売り上げの4%

 そしてさらに驚くのが罰則の厳しさです。詳細は各国が独自に決めることになっていますが、最低限のレベルとして、EUにおける年間売上高の4%以上の罰金公共調達への一時的な除外(取引停止)を含めることとなっており、万一違反となった場合には事業に大変な影響があることは間違いありません。

 このように非常に厳しい規則ができ、早ければ来年末には発効することになるのです。日本企業が、これに対して既にどのくらい対応準備をしているのか、包括的な集計はないようですが、私が個別企業の対応を見ている限りでは、対応が完了してないどころか、この規則をしっかりと把握していない企業も少なくないように見受けられます。

 ですので、少しでも関係がありそうな企業の方は、今すぐに対応を始めることをお勧めしたいと思います。と言うのも、この問題の難しいところは、サプライチェーンを含めた対応が求められますので、対応にはかなり時間がかかるからです。まずは使用している原材料をトレースして、そこで問題があるかどうかを調査し、もし問題があったら対応しなくてはいけないのです。これをこれから18ヶ月で対象となる原材料すべてについて行うのは、かなり大変な作業になることは想像に難くありません。

森林破壊ゼロがビジネスの常識に

 もう一つ気をつけていただきたいのは、これは欧州に限定された規則ではなく、今後こうした規則を設ける国や地域は拡大していくだろうということです。

 既にイギリスが同様の法律を作ったこともいろいろなところでお話をしていますが、そもそも森林などの生態系をこれ以上破壊しない、させないということは、昨年末に生物多様性条約COP15でも2030年に向けての世界目標として合意されたことです。もちろん日本もこれに賛成しています。

 これは、地球上の重要な生態系である森林がこれ以上破壊されてしまっては、生物多様性はもちろん、地域社会の存続にも、気候変動の緩和にも悪影響がある。だからこれ以上の森林破壊は絶対に食い止めなくてはいけない。たとえ間接的にであっても森林破壊には加担してはいけない。そのことで私たちの社会を守らなくてはいけない。これは科学に基づく判断と強い政治的な意志によるものなのです。

 ですので、こうした規則を採択する国は今後も増えていくでしょうし、また国際的なビジネスにおける常識となると考えられます。そして今回がそうした動きにつながる変曲点だと考えられます。

日本企業も対応を急ぐべし

 ところが日本国内では、森林破壊に対してそうした認識を持ち、きちんとコミットする企業の数は限定的ですし、実際、グレーな原材料を使っている企業も多くあります。日本企業が今後も国際的な市場でビジネスを続けていくためには、あるいは海外の投資家から高い評価を受け、投融資を受ける続けるためには、森林破壊防止に対して大きく意識を変える必要があります。

 これから18ヶ月で準備するのはかなり大変だとは思いますが、既に規則は成立してしまいました。これを機に、皆さんの社内での理解も一気に高めていただきたいと思います。

 サステナブル経営アドバイザー 足立直樹

株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)471(2023年7月18日発行)からの転載です。

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